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「ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
春姫さんにお礼を言って、さっそく棚を見て歩くことにした。どの本も透明のフィルムでカバーされ、背表紙に分類を現わすシールが張られている様子は普通の図書館と変わらない。
種類だってたくさんあって、大人が読むような難しい本や図鑑もあれば、小さな子供用の絵本だってある。もしかしたらわたしが一番利用する町民図書館より充実しているかもしれない。
これが全部捨てられるかもしれない本だったなんて、信じられなかった。
「へぇー、立派なもんだな。ゆずは、こういう場所好きなんじゃねえの」
相変わらずふらふらしては、棚から取り出した本をパラパラとめくり、すぐ棚に戻す謎の行動を繰り返す迷人。いちいち迷人がくっついて来なければもっと落ち着くんだけどなぁ。
それに気安く名前で呼ぶのやめて欲しいんだけど。なんだかくすぐったくなっちゃう。
「あっ!」
児童書の棚に、『名探偵シャーロット・クイーン最後の事件』と書かれた本を見つけて、わたしはすぐさま飛びついた。
大好きな推理小説のシリーズなんだけど、かなり古い本だからなかなか順番通り揃っている図書館がないの。だから一巻と二巻は学校の図書室、三巻は市立図書館、四巻は町民図書館なんて、あっちこっちで借りなくちゃいけなかったんだけど、どこにも最終巻だけが見つからなくて。
ここには一巻からちゃんと揃っている上、どこの図書館でも見つけることができなかった一番最後の巻まである!
「これ、読みたかったやつだ!」
『名探偵シャーロット・クイーン最後の事件』を大事に手に取り、表紙をめくった瞬間――
ごうっ!
という風とともに、本の中から何かが飛び出したような気がした。
「きゃっ!」
「大丈夫か」
思わず尻もちをついたわたしに気づき、迷人が駆け寄ってくる。
「わたしは大丈夫。それより……」
本から飛び出した何かは、すごいスピードで床の上を駆けて行った。今のはいったい、何だったんだろう?
「本から何かが飛び出した? ゴキブリとか、そういう虫か?」
「違う! もっと大きかった!」
四つ足で、猫か犬かそういった動物みたいに見えたけれど、背中に羽のようなものが生えていたような気も……。
「そんなのが本に挟まってるわけ……」
「きゃあっ!」
春姫さんの悲鳴が聞こえたのはその時だ。
「あ、あれっ!」
本棚と本棚の間を、さっき見た不思議な生き物が走り抜けていった。
「なんだ今のっ?」
今度は迷人も気づいたみたいで、慌てて追いかけるわたしたちの視界の端をまた不思議な生き物が駆け抜ける。なんだろうあれ? 犬でも猫でもないし……。
「捕まえてっ! ”本の虫”よっ! イタズラされるわ!」
「”本の虫”?」
声の方を見てさらにぎょっとする。ホテルマンみたいな恰好をしていたはずの春姫さんの姿は、透き通るような輝く着物に変わっていて、ふわふわと周りに羽衣のようなものを漂わせる様子はまるでおとぎ話の天女のようだった。
あっ……と気づく。さっきダブって見えたのは、この姿だったんだ! でも、どういうこと? いつの間にか着替えたの? だとしたらあの羽衣はどうやって浮いてるのかしら?
「おい待て! あっ、中に入りやがった!」
わたしを置いて”本の虫”を追いかけていた迷人が立ち止まる。
「どこに入ったの?」
「これ! この中に逃げ込んだみたいだ!」
迷人が突き出したのは……『桃太郎』の絵本。
え? さっきの変な生き物が『桃太郎』の中に逃げたっていうこと? どうやって? なんのために!?
「大変! このままだと『桃太郎』の世界がイタズラされてメチャクチャになっちゃう! あなたたち、ちょっと行って捕まえてきてくれる?」
「捕まえるって、どうやって?」
聞き返す迷人は、興奮していて春姫さんの姿が変わっていることに気づいていないみたい。それよりもイタズラとかメチャクチャになっちゃうってどういうこと? 捕まえに行くって?
「これを使って」
疑問符だらけのわたしの手に、春姫さんはおもむろに取り出した何かを握らせた。テレビのクイズ番組で見るハンマーのようなそれは、ピカピカと金色に光り輝いていた。
……これってもしかして、打ち出の小づち?
「さぁ、ゆずはちゃん!」
わけも分からないまま、小づちをえいっと振らされるわたし。
ポン!
と音がした次の瞬間――。
わたしたちは、見たこともない景色の中に立っていた。
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