桃太郎

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   ※     ※     ※  イヌ、サル、キジをおともに加えた桃太郎は、そこからまた歩く、歩く。  おとぎ話の世界だからといって、どこまで歩いても平原が続くのは変な気分だけど、やがて視線の先にキラキラと光るものが見えてきた。 「海だっ!」  迷人が真っ先に叫んで、走り出す。 「海だ海だっ!」 「海に着いたぞっ!」  桃太郎たちも珍しくおおはしゃぎで、迷人の後を追った。……ええとあの、皆さんも運動おバカ系なんでしたっけ? わたし、足がもうパンパンでつりそうなんですけど。  木の棒を杖代わりにひーこらひーこら言いながらようやく追いつくと、五人(二人+三匹)は海の向こうを指差して難しい顔をしていた。 「あそこが鬼ヶ島ですね」  桃太郎の指の先に、この上なくわかりやすく鬼の頭の形をした鬼ヶ島が見える。ごつごつとした岩肌がむき出しで、ところどころから煙を吐き出し、いかにも悪い鬼が住んでそうな島だ。  ただ、問題なのはその手前の海。  ザッパァァァーーーーン!  壁かと見紛わんばかりの巨大な波が次から次と陸に襲い掛かり、ドロドロと渦を巻いているところまである!  嘘でしょ! もしかしてこれ渡るの⁉  確かに鬼ヶ島へ渡るための海って怖そうなイメージあるけど、さすがに荒れすぎじゃない? きっとこれも”本の虫”のイタズラよねぇ。 「とにもかくにもまずは船を見つけて来よう」  桃太郎の提案に、真面目に頷くイヌ、サル、キジ。うわぁ、やっぱりここ船で渡る気かぁ。飛行機とか他の方法考えたほうがいいんじゃない? 「おっ、あそこにちょうど良さそうなのがあるぞ!」  いつの間にかすっかり桃太郎のおともと化した迷人が、小さな小舟を見つけてくる。わたしたち全員(三人+三匹)がなんとか乗れるぐらいの大きさ。ちょっと待って。それって船っていうかボートじゃない? 大きな公園の池に浮いてるやつ。ちょうどいいって言えるかなぁ? 「これにおじいさんおばあさんから貰った帆を点ければ完璧だな」  十字に渡した木に、桃の絵が描かれた布を張って満足気に頷く桃太郎。イヌ、サル、キジも拍手でたたえる。……ってねぇ、本当にこんな小さな舟で渡る気?  ザッパァァァーーーーン!  荒れ狂う海はさっぱり収まる様子も見えない。 「ちょ、ちょ、ちょっと、いくらなんでも無理じゃない?」 「大丈夫だよ。奥の手がある」  迷人がニカッと笑う。全然信用できないよ運動おバカ。 「それでは皆のもの、きびだんごを食べることにしよう」  桃太郎に言われて、イヌ、サル、キジが取り出したのはきびだんご。まだ食べてなかったんだ!   桃太郎まで一緒に、パクリ、むしゃむしゃときびだんごを食べる。 「ゆずはも食っといたほうがいいんじゃねえの?」 「いらないっ! 絶対いらないっ!」  一緒になってきびだんごを口に放り込む迷人から、ぷいっと顔を背ける。いくらなんでも、あんなの食べたら女の子として終わりだ! 「おおお、力がみなぎってくる!」 「百人力だ!」 「これなら鬼も怖くない!」 「行くぞっ! 早くゆずはも乗れっ!」  目をギラギラさせた桃太郎たちは颯爽と舟に飛び乗った。なるほど、きびだんごの力を使うわけだ。迷人に急かされて、わたしも慌てて乗り込む。ううう、大丈夫かなぁ。不安しかない。 「さぁ、レッツゴー!」  『桃太郎』のおとぎ話には不釣り合いな迷人の号令で舟は出発! 途端にモーターボートにでも乗ったみたいな風圧に体ごと吹き飛ばされそうになって、慌てて船べりにしがみついた。 「きゃああああああ!」  桃太郎と迷人、さらにイヌ、サル、キジの五人(二人+三匹)が櫂や手足(羽?)を使って物凄い勢いで水を漕いでいた。きびだんごの力を借りた舟は木の葉どころか、水面を小石の様に跳ね、大波の壁を突き破りながら弾丸のような勢いで進んでいく。  波とぶつかるたびにボコッ! バキッ! と嫌な音がして、こんな頼りない船はいまにも砕け散ってしまいそうだった。 「やめてやめて! 怖い怖い怖いっ!」 「うるさい! ゆずはも漕げ!」  迷人が叫ぶ。……ってあれ? もしかして勢い弱まってる? なんだかちょっとスピードが落ちてきたような。 「まずいな。みんな、もう少し頑張るんだ!」  桃太郎が叱咤を飛ばすも、 「これ以上は!」 「いくらなんでも!」 「限界です!」  イヌ、サル、キジは息も絶え絶え。見る見るうちに漕ぐ力が弱まってる。波にあおられて、舟もぐわんぐらんと木の葉のように揺れ始めた。  嘘でしょ? きびだんごの効果、もうおしまい? このまま鬼ヶ島まで突っ込まれるのも怖いけど、沈没するのはもっと嫌だ! 「波が来たぞぉーーーー!」  桃太郎が叫び、はっとして見るとひと際大きな波が背後に迫っていた。  壁! どう見ても壁!  もう無理! 絶対沈没するっ! 「いやあぁぁぁぁぁっ!」 「うるせえぇっ! お前も食えっ!」  絶叫したその口に、迷人の手で何かを押し込まれた。思わずごくん、と飲み込んじゃう。  ……もしかしてこれ……きびだんご? 「今だゆずはっ、漕げっ!」 「いやあぁぁぁぁぁっ!」  悲鳴を上げながら、無我夢中で海に手を突っ込む。途端、ふっと舟が浮いたような気がした。嘘でしょ?  わたしの一かきで爆発でもしたかのように水しぶきが上がり、勢いを取り戻した舟は、再び海の上を滑るようにして突き進んでいく。  いやぁぁぁぁ。こんな姿誰にも見せられないっ! 「さぁっ、漕げっ! 漕げっ! 漕げっ!」  迷人の号令に合わせて必死に海をかくわたしたちは、どうっという音に我に返った時には、いつの間にか鬼ヶ島の砂浜へとたどり着いていた。 「やったっ!」 「鬼ヶ島に着いたぞっ!」  喜び勇んで陸へと飛び降りる桃太郎とイヌ、サル、キジ。  ぼう然と立ち尽くすわたし。  ははははは……やっちゃった……。お母さん、わたしお嫁に行けなくなっちゃったかも……。 「やったぜ、ゆずはっ! すげーパワーだったなっ!」  満面の笑みを浮かべた迷人に肩を叩かれる。こぉのデリカシーの欠片もない運動おバカっ! 人の気も知らないでっ! 「おバカっ!」  ずずうぅぅぅぅん。  ありったけの力を込めて叩き返したら、迷人が頭の先まで砂の中に埋まっちゃった。  へ? きびだんごの効果、まだ残ってたの? 「……ゆ、ゆずは……桃太郎……たす……けて」  砂の中からにょきっと伸びる手と、くぐもった声。  ちゃんと喋れてるみたいだし。そもそも運動おバカだし。迷人もきびだんご食べてたから平気よね、きっと。
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