暑い夏の夜に

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「矢神さん、入りますよ」  自宅に帰ってくるなり、部屋にこもったまま出てこない矢神に、遠野は声をかけた。  扉を開ければ、矢神は机に向かって、たくさんの書類とパソコンを眺めている。 「夕食どうしますか?」 「いらない」  軽く手を振っただけで、遠野の方を見向きもしない。悔しくなったので、部屋の中に入り、矢神の傍まで近づいた。 「でも、昨日も食べてませんよね」 「蒸し暑いせいか食べたくないんだ。昼に食ったからいいよ」 「……菓子パン一つじゃないですか。やっぱり夏休みの間もお弁当作ります」  同居するようになってから、昼の弁当は遠野が作っている。夏休みの間は作らなくていいと言い出したのは矢神だった。教師は、長期の休日を取るのは難しい。それなら、少しでも負担を減らしてやりたいという、矢神の気遣いなのだろう。 「面倒だろ? 夏休みだけでも楽してろよ」 「面倒じゃないですよ。矢神さんの健康の方が心配です」  遠野は矢神のことを思って、少しきつい口調で言った。すると、彼は眉間に皺を寄せてこちらに顔を向ける。 「なんだよ、もう若くないからって言いたいのか?」 「いや、そういうわけじゃ」  意図しない答えが返ってきたので、遠野は慌てて手を振って否定した。 「二、三日抜いたって平気だって。ダイエットにちょうどいい。最近太ったんだよ。おまえの作った飯、食ってるせいかな」 「それのどこが太ったんですか?」  どこからどう見ても細身のシルエットの矢神に、ため息が漏れた。矢神はお腹を擦りながら、苦笑を浮かべる。 「見えない部分がひどいの。だから、オレのことは気にしなくていいよ」  そう言って、再びパソコン画面に視線を戻した。  遠野は、矢神が本当に太ったのか、その見えない部分を確認したいぐらいだった。  そんなことよりも食事をしないというのは問題だ。気にするなというのが無理な話で、心配に決まっている。日頃の疲れも溜まっているのではないだろうか。  遠野は、絶好の機会がやってきたと思った。
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