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「矢神さん、夏休みなんだし、少しリフレッシュした方がいいんじゃないですか?」
矢神を気遣うつもりで言ったのに、当の本人は遠野の顔を見て渋い顔をした。
「おい、オレたち教師は、夏休みじゃないぞ。生徒が夏休みなんだ。関係ないだろ」
矢神に強く言われると、いつもは引き下がってしまう遠野だったが、今回は違った。
「それでも、休みは大事です。矢神さん、最近夜も遅くまで仕事してますよね。ダメですよ。矢神さんが倒れたら、二学期から生徒たちはどうするんですか? 一日休むだけでも違います。無理しないでください」
ものすごく早口で、まくしたてるような喋り方になってしまった。パソコンに向かっていた矢神は、少し呆れているようにも見えた。だけど、小さくため息を吐いた後、遠野の顔を見上げる。
「まあ、おまえの言うこともわかるけど」
「ですよね!」
遠野は、胸の前でぽんと手を合わせる。
同意されたことに嬉しくなってテンションが上がった。そこで一気に、畳み掛けるように詰め寄る。
「再来週のお祭り、最終日の三日目に花火大会があるの知ってますか? 気分転換に浴衣着て一緒に行きましょう。きっと楽しいですよ」
「祭りは、交代で見回りがあるだろ」
「矢神さんは、見回り一日目ですよね? オレは二日目なんで大丈夫です」
得意気に言えば、矢神は困ったような顔をする。
「ああ……オレ、三日目になった。都合のつかない先生がいたから代わってあげたんだ」
「え!? そうなんですか?」
あまりの衝撃的なことで、余程ひどい顔をしていたのだろう。遠野の様子に、矢神も少し驚いているようだ。
「……うん、おまえ、大丈夫?」
「それなら、仕方がないですよね……」
見回りの割り振りを担当したのは、遠野だった。みんな平等にと言いつつも、花火大会がある三日目には、遠野と矢神が見回りにならないよう配慮していたのだ。
だが、盲点をつかれた。矢神なら、他の教師が出られないと言えば、率先して代わりに出るタイプだ。仕事に対して、本当に真面目だから困る。
もっと早くに誘っていれば、それも免れたのだろう。ただ、誘うタイミングがずっとなかったのだ。
計画は丸つぶれだった。なかなか予想通りには、事が運ばないもの。
落ち込んだ遠野は、肩を落として矢神の部屋から出て行くのだった。
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