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二人が祭りの会場に着いた頃には、辺りは暗くなっていた。
家族連れや恋人同士など、大勢の人たちが集まっている。それは、昨日見回りで来た時よりも多く感じた。そして、花火大会があるからなのか、浴衣姿の人がほとんどだ。
「初日より、人多いな」
矢神がうんざりするように言った。
「やっぱりそうですか? オレが昨日見回りに来た時も、こんなにはいませんでした」
蒸し暑い気温と人込みの熱気で苦しくなりそうだった。それに、大勢の人で溢れているから、自由に移動できなくて、かなりストレスだ。
仕事じゃないのに、矢神をこんなところに連れてきてしまった。大丈夫だろうか。
遠野はそんな思いでいっぱいになる。
「よし、まずはチョコバナナかな」
「え?」
一瞬、矢神が何を言ったのか理解できなかった。思わずじっと見つめていれば、一気に不機嫌な顔になる。
「何だよ」
「えっと、食べるんですか?」
「腹、空かねえの?」
「そういえば、空きましたね」
腹が空いたからチョコバナナ、というのはどうかと思ったが、あえて口には出さなかった。
矢神は、チョコバナナが売っている屋台の前で足を止めた。カラフルなチョコバナナがたくさん並んでいる。子どもたちが喜びそうだ。
「おまえは?」
「あ、オレは、隣の店のたこ焼きにします」
「あっそ」
たこ焼きの出店には、お客が一人いて、焼きたてのたこ焼きと一緒に美味しそうな生ビールを注文していた。こんな暑い日には、やっぱりビールが飲みたくなる。昨日は仕事で飲めなかったが、今日は違う。
「矢神さん、ビール飲んでもいいですか?」
「いいんじゃねーの。見回りに来たわけじゃないんだから」
投げやりに言い捨てた後、矢神は店の親父からチョコバナナを受け取っていた。遠野も隣で、たこ焼きとビールを頼んだ。
出来立ての熱々のたこ焼きとカップから泡が溢れそうなビールを零れないように持ち、矢神のところに戻った。彼は既に、チョコバナナを食べている最中だった。
その食べる姿に、遠野は目を奪われる。もしかしたら、口を開けて眺めていたかもしれない。
普段は考えないようにしているのに、いつもと違う格好をしているせいなのだろうか。
祭り会場の薄明かりに照らされた矢神の浴衣姿が、なまめかしい。その結果、チョコバナナを食べる矢神の姿から、卑猥な考えが頭を過ぎった。
バナナを咥える小さな唇や、その唇を舐める舌、全てが艶っぽい。あんな風にされたらどうなるだろう。
美味しそうにバナナを頬張り、そのことに熱中している矢神を自分のものにしたい。
遠野は、食い入るように見つめていた。
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