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「あれ、大ちゃん?」
不意に、女性の声で名を呼ばれた。振り向けば、そこには学校の生徒たちがいた。浴衣姿の女子とラフな格好をした男子数人だ。
「うわっ、あーやもいるじゃん」
その中の一人の男子生徒が、げんなりする声を上げた。
「あーや、だと?」
振り返った矢神も、生徒たちの姿に気づいたようだった。だが、あだ名で呼ばれたせいか、眉を顰めたように見えた。
「矢神先生、浴衣ってことは、プライベート?」
「二人、仲いいんだね」
「男同士で来るなんて、先生たち彼女いねーの?」
生徒たちは、楽しそうにきゃっきゃっと騒いでいた。そんな生徒たちに、矢神は一喝する。
「おまえら、祭りを楽しむのもいいが、浮かれて遅くまで遊んでるんじゃないぞ」
普段、矢神にこんなことを言われたら生徒たちはおとなしくなる。だがこの時は違った。生徒たちは面白そうに、くすくすと笑うのだ。
「いやいや、それ説得力ないよ」
「先生、わたあめ持ってるもん」
「は!? わたあめ関係ないだろ!」
怒りを露わにするが、生徒たちには一向に伝わっていない。
「私も、わたあめ買おうかなー」
「なつかしいよなー」
完全に生徒たちは楽しんでいた。
「おまえら……」
矢神は、怒りで震えている。
「まあまあ、矢神先生、今日はお祭りですから」
「お祭りだからだろ!」
フォローするように遠野が間に入るが、矢神の怒りは収まらない。
「生徒たちもわかってますよ。ね、みんな、矢神先生の言うことわかってるよね?」
「はい、悪いことしませーん」
「花火終わったら帰りまーす」
生徒たちは順番に、宣誓するように軽く手を上げた。だが、顔は笑っている。
「新学期になったら、覚えておけ……」
矢神がそう苦し紛れに言っても、何とも思ってないようだ。
「先生たちも、楽しんでくださいね」
最後には嬉しそうに手を振って、生徒たちは人込みの中に消えて行った。
「くそっ、だから嫌なんだよ」
矢神は悔しそうに、下駄の先で地面を蹴った。
「何がですか?」
「祭りだよ。生徒にからかわれるから来たくなかったんだ」
そんな理由で――遠野は吹き出しそうになった。
それなら、わたあめを買わなければいいだけのことなのに、誘惑には勝てないのだろう。
確かに生徒たちは、矢神をからかっていたのかもしれない。だが、遠野には親近感を抱いているようにも思えた。
誰に対しても厳しい人だから、彼は誤解されやすいだけ。本当はとても思いやりのある優しい人なのだ。
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