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「あ、矢神さん、そろそろ花火の時間です」
不意に、腕時計を確認すると、いつの間にか開始時間が迫っていた。
「え? もう?」
祭りで買い物をする矢神の姿に熱中しすぎて、気づくのが遅れてしまった。
「花火の会場に急ぎましょう」
遠野のメインは、このお祭りではなく、花火大会なのだ。
ただの花火と言ってしまえばそれまでだが、矢神と一緒に見るのをずっと楽しみにしていた。これを逃したら、一生後悔するだろう。
花火会場へ向かうと、既に人だかりができていた。花火がよく見えそうな場所は、だいぶ前から確保されているようで、入る隙はない。後ろの方で立って見るのがベストのようだが、そこも混雑していて思うように身動きが取れなかった。
「すごい人だぞ」
「本当ですね」
祭りの会場よりもひどい。熱気で汗が流れ落ちてくる。
どうせなら良い場所で見たかったが、こうなってしまえば花火が見えればラッキーといったところだろうか。
「もうこの辺でいいんじゃないか?」
どんどん前に進もうとする遠野とは反対に、矢神は疲れ切っているような顔で諦めモードだ。
身長が高いおかげで、遠野は辺りを見渡せた。だから、人と人の間が空いているところが、ある程度はわかった。
だけど、このまま進んでいけば、今度は矢神と逸れてしまいそうな状態だった。
「矢神さん、こっち空いてますよ」
無意識だった。遠野が矢神の手を掴んだのは。はぐれたら大変だという思いだけで、その行動に走ったのだ。
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