涼音

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「滝川です」  受付らしき場所にいた、青く短い髪の女の子に伝えると、「ちょっと待ってくださいね」と明るく答えてから名簿らしきものに目を落とした。たきがわさん、たきがわさん、ぶつぶつと涼音の名前を繰り返しながら目だけを忙しく動かす。 「あっ。蜂蜜テールのお客さんですね。どうぞ」  確認が取れたようで、中へと案内された。薄暗闇の中、ゆっくりと歩を進める。蜂蜜テールというのがバンド名を指しているという事に少し遅れて思い至った。  言葉を交わすようになってから何度目かの買い物で、店員、伊藤湊がバンドをしているのだと聞かされた。  ライブに誘われた涼音は化粧の下で顔が紅くなるのを感じた。  自分には縁のないものだと思っていた。これといった趣味のない涼音は、音楽はもちろん、スポーツ、舞台、お笑いといった何かを生で観るという経験がなかった。音楽に詳しくない涼音は正直にその事を湊に打ち明けたが、それでもいいと言う。  涼音さんに観に来て欲しい。チケット代もいらない。そうまで言われては断るわけにもいかなかった。    後で知ったのだが、湊が出るライブにはいわゆるチケットノルマというものがあって、一枚でも多く売らないとマイナス分は自分達の自腹らしい。そのノルマを払うため湊は深夜遅くまでコンビニでバイトをしていたのだ。それまでライブというのは当たり前のように出演者がお金をもらっているのだと思っていた。  お金を払ってまで自分達の音楽を聴かせたい、そんな湊達の気持ちを涼音は不思議に思いながらも、何故かそれが羨ましかった。自分はそれほどまで打ち込めるものに出会ってこなかったから。
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