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Ⅰ
瑞樹だけ。母があんなことを言うのは、すべて瑞樹だけなのだ。瑞穂には言わない。同じ双子なのに。
一卵性双生児は、全く同じ遺伝子をもって生まれてくる。だから、性格は違ったとしても、瑞樹と瑞穂は同じ子だ。持っている遺伝子は同じ。ただ、違うのは。
瑞樹の方が、ほんの少しだけ、勉強がよくできたということ。
ざぶざぶざぶ、と音がする。水の音。耳のすぐそばで聞こえる。水って、高いところから一気に落ちるとこんなにも大きな音がするんだ、と冷静な部分で考えながら、瑞樹はその場にただしゃがむ。
水は、明らかに瑞樹にかけられていた。悪意を持って。瑞樹を傷つけようとして。今日着ているのはお気に入りの服なのに。この間、おばあちゃんに買ってもらった服なのに。それがびしょびしょになるのを、歯痒い思いで体感する。
そして、服がもう水を吸えなくなると、今度は湿った服を通して瑞樹の肌に、水がかかってくる。温かかった体が、その氷のように冷たい水によって一気に冷めていくのを感じる。
腕を抱えた。寒い。換気扇からわずかにこちらにもやってきている風が、水でぬれた体に吹き付けて、絶叫しそうな寒さに襲われる。
声を上げるのは許さないと言われた。それはよくわかっている。瑞樹だって、今自分の部屋にいる友達に、こんな醜態を晒すわけにはいかなかった。あの子たちは、瑞樹と対等に話してくれる。失うわけにはいかない。
自然と、声は出なかった。唇が冷え切って動かないからだ。唇だけでなく、全身が恐怖と冷たさに固まっている。
「…あ、さん……」
食いしばった歯の間から出できたのは、そう言いたくて声にならなかった息だ。
瑞樹は、ぎゅっと目を瞑る。あと何分、これに耐えればいいのだろう。あとどれくらいで、あの子たちとまた遊べるのだろう。
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