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第二話 中庭
昼休み、教室の窓から花壇の前にちょこんとしゃがみ込んでいる中塚らしき少女の背中を見つけた金崎少年。まだ頭の中で学校全体のマッピングが完成してないのであやふやな足取りではあったが、どうにか中塚の背中までたどり着いた。
「なにしてるの?中塚さん」
眼にかかった長い黒髪をかきわけながら、中塚が振り返る。
「金崎くんこそ、こんなところでどうしたの?もしかして迷っちゃった?」
「いや、教室の窓から中塚さんの姿が見えたから」
「見えたって、教室の窓からここって見えたっけ?随分と距離があるけど」
角度的にも教室の窓からは極めて見えにくい場所に花壇はあった。見えたとしてもかろうじて性別が判別できるかどうか、といったところだろう。
「そうかな?視界の隅に背中が見えた瞬間、中塚さんだ!ってわかったけど」
「……あっ、もしかしてわたしの背中に変な張り紙とか貼られたりしてる?たまにやられるんだよね、大丈夫かな、ついてない?」
背中に両手を回してイタズラをされてないか確認する中塚。自虐的な言い回しと滑稽な仕草で、金崎少年からかけられたあまりにも恥ずかしい台詞をごまかそうと必死だった。
「……」
「え?どうしたの金崎くん、急に黙り込んで」
教室の窓をじっと見つめる金崎少年。
「いや、確かに言われてみると、これだけの距離があるのに見た瞬間に中塚さんだってわかるのは変だなって。あっ、もちろん中塚さんの背中にはなにもないから。でも、となるとどうして僕は中塚さんのことを瞬間的に見つけられたんだろう……これってひょっとして……」
その後に紡がれるであろう言葉が中塚にかつてないほどの緊張をもたらす。ごくり、と喉を鳴らした。
「神に与えられし特殊能力、俗にいうチート能力ってやつじゃないかな?ね、そうだよね?そうとしか考えられないよね、中塚さん!!」
「……。金崎くんて視力いくつ?」
「えっ?両目ともに2.0だけど」
「じゃあ単に眼がいいだけでしょ」
切り捨てるように中塚は言った。
「えーそうかなぁ。確かに眼には自信があるけど、一瞬だよ?一瞬で中塚さんってわかったんだよ。これって普通じゃなくない?あっ、そうか、もしかして!!」
再び中塚は身を固くして、ごくりと喉を上下させる。
「中塚さんだ。特殊能力をもってるのは中塚さんの方なんだよ。どんなに遠くにいても迷子にならないように、現代におけるGPS機能みたいなものを身に着けてるんじゃないかな。自分の場所を他の人に知らせることができるチート能力」
「……それってあんまり使い道なくない?少なくともチートとは言えないと思うけど」
「うーん、どうだろう。使いようによっては便利な能力なんじゃないかな。特に僕にとっては有難いよ。だっていつでもどこでも中塚さんの場所がわかるんだよ?最高じゃん」
トイレにいるのを金崎少年に把握されでもされたらたまったもんじゃないと中塚は咄嗟に思った。
「全然最高じゃないよ。どうせだったら誰からも自分の居場所が隠せる能力の方がいいよ」
「ああ!透明化能力とか、光学迷彩とか?影が薄いのを利用した黒子能力、なんてのもいいかもしれない」
想像の翼を広げ様々な能力を語ってみせる金崎少年を見ていると、きっとこの人は世の中から消えちゃいたいなんて思ったことは一度もないんだろうなと中塚はふと思った。
「それで、僕は中塚さんの姿が見えたからここに来たんだけど、中塚さんはここで何してたの?」
「うん。金崎くん、ここがなにかわかる?」
金崎は足元に広がる、煉瓦で囲まれ土が敷き詰められた一帯を見た。あちこちにゴミが散乱していて、かろうじてその間から花や草が顔を覗かせている。
「えっと、花壇……だよね」
「一応、菜園なんだ。ここで育ったものは全部、食べられるんだよ」
「そうなんだ、凄い!!あー、でも……」
このゴミのなかから育ったものは、正直あまり口に入れたいとは思えない。
「何度も綺麗にしてもこの有様なんだ。ここが校舎から外れた位置にあって、他からも見えにくいからごみが捨てられやすいんだと思うけど」
ため息をつきながら中塚は膝を折り、投げ捨てられたごみをひとつひとつ拾っていく
「中塚さんは園芸部員とか、園芸係りとか、そういうのなの?」
「そういうんじゃないけど、なんとなく気になって暇なとき覗くようにしてるんだ。勝手に水とかあげたらかえって迷惑かもしれないから、ただ眺めたり雑草を抜いたり悪い虫を蹴散らしたりするくらいだけど」
「さすが中塚さん。異世界転生して農業無双する準備はばっちりだね」
「別にそういうんじゃ」
もちろんそういうつもりで中塚は菜園通いをしていた。ありえないことだけど、いつか異世界に転生することがもしかしたらあるのかもしれない。準備はしておいて損はないのだ。本で得た知識はあったが、やはり実地に勝る経験はない。異世界に行ってから経験値を積むよりも、事前に経験値を稼いでおく方がなにかと都合がよかった。
「よし、僕も今のうちに土にまみれておこう。生っちろい青びょうたんが偉そうに土壌とか肥料の知識とか語ってみせても説得力ないもんね」
金崎少年は袖を捲り大いにやる気をみせながらゴミを拾い始めた。その腕はか細く、青白い血管が浮かび上がっていた。
「そんなことしなくていいよ。どうせ綺麗にしたって無駄だから。またすぐゴミが捨てられて元通りだから。金崎くんにはなんの関係もないことなんだから、わざわざ手を汚す必要ないよ」
どこか突き放すように、冷たい声で中塚は言った。
「でも、関係ないってことなら中塚さんだって同じでしょ?部員でも係りでもないんだから」
「たぶん、関係ある。確かに前からゴミが捨てられやすくはあったけど、ここまでじゃなかった。酷くなったのは……」
自分がクラスから異質物として扱われるようになって以降、明らかにゴミの量が増えた。たぶん目端の利く誰かが中塚がここに通っていることを嗅ぎつけて、嫌がらせとして行っているのだろう。そうしてゴミの量が増えたことが、更なるゴミを招き寄せてしまっている。人はゴミのあるところにゴミを捨てるのだ。だから自分には大いにこの菜園を綺麗にする責任があるのだと、中塚は思っていた。
「金崎くんがわたしに付き合う必要なんてないよ。これまで学校にあまり来れなかったからわからないかもしれないけど、下手にわたしに関わると金崎くんも巻き込まれてよくない状況に追い込まれることもあるかもしれない」
ことさら脅すように言うわけでもなく、ただ淡々と中塚は忠告をした。
「なるほどね……となるとここは」
顎に手をやり考え込むような仕草をすること数秒、金崎少年はなにかを振り払うように言い放った。
「異世界転生クーイズ」
校舎の外れにある菜園の一角に、金崎少年のまだ声変わりのしてないソプラノボイスがこだまする。中塚はそんな金崎少年の姿に大きくため息をついた。
「金崎くん、わたしの言うこと聞いてた?」
「うん。聞いてたよ。聞いてたからこその異世界転生クイズだよ。僕が中塚さんと今後もかかわっていくのかどうか、それを確かめるには異世界転生クイズが最適なんだ」
「わけわかんない」
「それじゃいくよ。もしもあなたが異世界に転生したとして、武器や防具、またはアイテムなどを売るお店の主人が店の商品が売れなくて困っていました。ここであなたが相談に乗ってあげ、お店の状況を改善させてあげればあなたは知恵のある賢者として崇められることでしょう。さて、どんな方法で店の売り上げを改善させますか?」
「……売れない在庫を抱えてるってこと?」
「うん。商品自体は特別悪いわけではないけど、かといって特別良質でもないし、オリジナリティがあるわけでもない。ちなみに仕入れ値の関係からこれ以上安くすることも無理だね」
「なにか特典をつけるのはあり?」
「うーん、特典にもよるかな。少なくとも金銭的な価値のあるものを提供することはできないね」
「なら特別な価値のある情報を提供するとか」
「例えば?」
「換金率の高いモンスターの発生確率の高い場所を示した地図を特別に配るとか」
「それは特殊能力が付与されてないと難しいでしょ。他にも経験のある冒険者がたくさんいる中で、特定モンスターの発生ポイントを自分だけ独占して把握するなんて無理だよ」
「うーん、なら……ポイントカード?いや、それくらいじゃ売上は改善されないし……あっ、そうか、レイアウト!!」
金崎少年はにやりと笑みを浮かべた。
「どんな風に?」
「お店の内装がわからないからなんともいえないけど、もういっそのこと全面大改装だね。自分の手で出来る範囲でお店を綺麗にしてインテリアとか光の入り方とかも極力明るい雰囲気になるよう工夫して、なにより商品の並べ方。陳列テクニックで売上がアップする方法があったはず。商品がもっとも見やすく手に取りやすい高さの陳列のことを「ゴールデンライン」って言ったりするし、きっと異世界じゃそういうテクニックはちゃんと体系化されてないで感覚的にやってるだけだろうから、いくらでも改善の余地はあるはずだよ」
「なるほど、そこにポイントカードをプラスすれば、確かに売り上げアップは間違いないね」
「いや、それだけじゃまだまだ甘いよ。よその競合店と明確な差をつけるためにはもっとわかりやすくなきゃ」
「わかりやすく?」
「そう。観た瞬間にわかるためには……ポップだよ」
「ポップってあの、本屋とかでよく見るヤツ?書店員さんのオススメコメントとかみたいな」
「そう。例えば武器を売るんだとしたら、どういう体格でどういう戦闘スタイルの人に適していて、どんなモンスターに効果が高いのかとか、そういうのを説明する」
「うーんでも、識字率の問題があるかも。上流階級とか特権階級以外の人たちがどれくらい字を読めるのかは微妙だよ」
「それは……なら絵でいこう!」
「絵?イラスト的な?」
「うん。そうだな、きっと探せば絵が上手いけど稼ぎがまったくない売れない絵描きみたいな人がいるんじゃないかな。そういう人をバイトみたいにして雇えれば」
「確かに、絵っていうのは文字よりもダイレクトに入ってくるし、訴求力もより高いかもしれない」
「うん。どう?いけそうじゃない、これなら」
中塚の顏はさっきまでの暗い影は消え失せ、自信に満ちていた。
「やったー、やっぱり中塚さんだ。中塚さんなら間違いない。かっこいいー、あっさり解決しちゃったよ。困ってた店主をあっさり救っちゃったー。さすがすぎるー」
これ以上ないほどに金崎少年は褒め称えてみせた。
「いや、そんなに大袈裟なもんじゃないと思うけど」
中塚は自信満々の顏から急に遠慮顏に様変わり。
「いやいやさすがだよ。陳列テクニックまではある程度こっちの想定内だったけど、ポップなんて飛び道具まで持ちだしてくるんだからすごいよなー」
「だからそんな大したことじゃ……」
「でもさ、それってこの菜園にもあてはまるかもよ?」
「えっ?」
「この菜園をさ、もっともっと綺麗にして、ごみを投げづらくなるくらいきちっと整備されたものにすれば状況も少しはかわるかも。中塚さんの言う通り、ポップなんかも効果があるのかも。花を可愛く擬人化させて、わたしたちを殺さないでーとか」
「それはさすがにやりすぎじゃない?ちょっとホラーっぽいよ」
「はは、それもそうか。ならあんまり汚くしないでーとか、大きく育つよう見守っててーとか、乾いてたらお水ちょうだいーとか」
「それは確かに、ちょっとゴミを捨てようとは思わないかも。なけなしの良心に訴えかけてくる感がある」
金崎少年の花の演技が達者なので余計に迫ってくるものがあった。
「よしっ、じゃあこれから絵の上手い人を探しにいこう。美術クラブの人とかがいいかな」
「うーん、それよりこっそりとだけど漫画を描くのが好きな人とかいいんじゃないかな。結構そういう人って自分の絵を認めてほしいと思ってるはずだから、上手くおだてればこっちの望み通りに動いてくれるかも」
「さ、さすが過ぎる―。やっぱり異世界に転生するなら中塚さんと一緒だよー」
「だ、だからそういうのは簡単に決めちゃだめって言ったでしょ。まずは菜園を綺麗にしてからだよ」
「そうだね。異世界に転生したときの練習と思ってやろう。異世界転生リハーサルだ」
まるで結婚前のお試し同棲に臨むかのような気持ちで、金崎少年と中塚は初の共同作業を行うのであった。
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