第一話 異世界転生クイズ開幕

1/1
前へ
/9ページ
次へ

第一話 異世界転生クイズ開幕

「というわけで、金崎くんは身体が弱くて二年間休校していたので、わからないことなんかはクラスの皆で色々と教えてあげること。いいですね?」  教壇の脇に立った担任教諭の言葉に、クラスの面々が消極的な了承の声を返す。小学5年生ともなれば、面倒事には出来るだけ触れたくないという小賢しさが芽生え始める時期でもある。進んでお節介を焼こうとするはいない。それでも拒絶反応のようなものが少なかったのは、教壇の中央でにこやかな微笑みを浮かべている少年が、同性に対しても異性に対してもポジティブな印象を与えていることが原因だった。 「よろしくね」  担任教諭から指定された席につくなり、金崎少年は左隣の席に座る女子生徒に声をかけた。まだ教科書も揃ってない立場なので、お世話になることもあるだろうとの配慮からだった。 「……」  照れ屋なのだろうか、金崎少年の挨拶になんの反応も示さない。 「あっ、金崎くん。教科書とかまだないでしょ?わたしが見せてあげるよ」    金崎少年の右隣の席についている女性徒が気遣うように言った。ありがたい申し出ではあったのだが、生まれつき心臓が右にある金崎少年は、自分の右側すぐ傍に人がいる状態を好まない体質の持ち主だった。何故だかわからないけど、子供のころから母親と並んで歩くときも、決まって自分の左手側を母親が歩くよう位置どらずにはいられなかった。自分のすぐ右側には誰も居てほしくなかった。だから右隣に座る女子生徒と机をくっつけて一冊の教科書を共有するという体勢は、金崎少年にとっては避けたい事態だった。だからこそ左隣の席の女子生徒に声をかけたのだ。 「ああ、うん……でも」  どういって説明したものか言葉を濁す金崎少年の姿に、後ろの席の男子生徒が冷やかすような声を上げた。 「なんだよお前、もしかして中塚に見せてほしいのか?やめとけやめとけ、うっかりそいつのノートを覗きでもしたら、どっかのわけわかんない世界に飛ばされちまうぞー」  その言葉には明らかに嘲笑の意味合いが込められていて、右隣の女子生徒も「よしなよ男子―」という態度をとってはいたが表情には潜み笑いが透けて見えた。 「え!!ちょ、ちょっと待って。それって一体、どういうこと?」  さきほどまで落ち着き払った態度でいた金崎少年が、突如として動揺し、発した声は上ずっていた。 「ああ?だからそいつ、中塚と関わるとやべーんだよ。異世界に飛ばされちまうかもよ?」  ほんの3か月ほど前、中塚と呼ばれる女子生徒が友達に頼まれ、うっかり授業中の落書きを消すのを忘れたままノートを貸してしまって以来、彼女はクラス内できわめて厳しい立場に追い込まれていた。しかし当の本人は、そんなからかいの対象になっていることを歯牙にもかけてない様子で、顔色ひとつ変えずに周囲の声を聞き流している。  そんな彼女とは裏腹に、金崎少年は火照ったように頬を上気させ、昂奮の面持ちで身を乗り出した。 「ちょちょちょ、ちょっとその話詳しく教えてよ。彼女、えーっと中塚さん?中塚さんと関わると異世界に飛ばされちゃうの?それって、中塚さんが異世界との媒介となって僕を他の世界に飛ばしちゃうってこと?それとも中塚さんが一緒になって僕を異世界に連れてってくれるの?ねえ、どっちなの?どのパターンなの?ねえ、どうなの?」  急激に熱を帯びていく金崎少年の問いかけに、周囲は困惑の色を隠せず返答に窮するばかり。かろうじて後ろの席の男子生徒だけが、どうにか金崎少年の勢いに飲まれずに答えを返した。 「なんだよお前、金崎だっけ?金崎、お前もしかして中塚と一緒に異世界に行きたいのか?」  ノートの落書きが友達に暴露される数か月前までは、中塚はややクールなところを冷たい性格と受け取る者もいたが、クラスのなかで不自然に浮くこともなくとりあえず平穏な学校生活を過ごしていた。  しかしそんな平穏な生活から一転、異世界転生を夢想するような恥ずかしいノートの落書きが開陳されてからは、中塚はクラス中から馬鹿にされる対象となり、彼女は彼女で恥ずかしさを内に抱えつつも自分を守るべく鉄面皮で孤高の立場を貫いている。 「えっ?僕が中塚さんと一緒に異世界に行きたいかって?うーん、それは……。」  腕を組み首をひねり、一生に関わる選択に悩むが如く金崎少年は思案に暮れる。己に問いかけるよう瞑目……その数秒後、かっとその眼を見開いた。 「異世界転生くーいず!!!!!」  金崎少年は相手の眉間を貫くほどの鋭さで、中塚を指差した。眉間を打ち抜かれた中塚は、あまりの勢いにその鉄面皮をわずかに歪ませた。 「もしももしも、あなたが異世界に転生したとして、その世界の食事事情はお世辞にも豊かとはいえない状況でした。現代生活で味覚の肥えているあなたは異世界での味に満足できません。さて、そんなときあなたはどのように自分の舌を満足させるでしょう?」  唐突に出された突拍子のない金崎少年のクイズに、中塚はもちろん周囲の生徒も面食らう。誰からもクイズの解答は発せられない。 「いやお前、急になに言い出してんの?なんだよ異世界転生クイズって?クイズの中身もわけわかんねえし」 「あっ、もしかして問いが漠然としすぎてた?もっと具体的な状況を設定した方がよかったかな。でもほら、どこのどんな時代に転生されるかなんてわかんないしさ、あんまり対象を絞らずに、幅広い答えを出してもらいたかったから。だからさ、あんまり警戒せずに想像を目一杯に広げていろんな考えを聞かせてよ」  金崎少年の眼はらんらんと輝き、その勢いはとどまることを知らない。 「いや、そういうことじゃなくて……」  男子生徒としては金崎少年に対して自分が優位な立場を取りたいのだが、相手の反応がいちいち想定外で、どう取り扱ってよいものか対処に困ってしまう。 「ほらっ、どうするの?このまんまじゃ君たちの異世界生活はひもじいものになっちゃうよ?どうするの?どんな方法があると思う?」 「……まよねーず」  ぽつりと、中塚が呟いた。 「えっ」  それはまるで蚊の鳴くような呟きだったが、金崎少年は耳をダンボにしてその呟きを聞き逃さなかった。 「中塚さん、いま君、マヨネーズって?うんうん、そうだねやっぱりマヨネーズは定番だよね」  定番、という言葉にカチンときたのか、中塚は声を尖らせ反論した。 「……マヨネーズは反応を窺うための様子見用」 「様子見用?ああっ、そうか、色々と作れる知識はあっても、材料とか調理道具を入手するためには、自分一人の力じゃどうにもならないこともあるもんね。とりあえず簡単に作れてそこまで大きなインパクトを与えないよう、様子見としてマヨーネーズを作って周りの人がどんな反応をするのか試してみようってことだね?なるほど!!」  意を得たりとばかりにうんうんと同意する金崎少年。 「切り札はさきに見せるな。見せるならさらに奥の手を持て、ってやつだね。じゃあその様子見の後はどんなのが考えられるかな?」  金崎少年は挑戦的な眼差しを中塚へと送る。 「結局、一人で作るのは色々と限界あるから、他の人の手を頼る必要がある。そのためには転生先の人たちにも受けのいいものをつくるのが一番だと思う」 「なるほど、人は美味しさには逆らえないし群がっちゃうもんね」 「だからやっぱり、スイーツは欠かせないと思う。砂糖、があればいいけど、ないならナツメヤシとかハチミツ、果物、あるいは甘草、甘茶、甘葛みたいな植物から抽出する方法もあるからそれで甘味を確保する」 「それでそれで?」 「サクサクのパイ生地に生クリームを段々重ねしたミルフィーユとか絶対に受けると思う。もっと単純なシュークリームなんかでも十分かもだけど。パイ生地はバターと小麦粉、食塩があればできるし、生クリームは精製してない牛の乳を加熱殺菌した後に冷却すればクリームが上層に分離してくる。牛の乳からはそれほど取れないけど、乳脂肪分の多い水牛の乳からはたくさんとれるはず。それを泡立てればホイップクリームの出来上がり。マカロンも以外と単純な材料で作れるし、中のクリームを酸味のあるクリームにすれば、色んな層に受けるはず。あとはもっと単純に、ホットケーキかな。生地にマヨネーズを加えて卵白を泡立てたメレンゲを混ぜると嘘みたいにフワッフワッのができるから、インパクトあるんじゃないかな」 「うわぁ、それ食べたい!!異世界じゃなくてこの世界で是非食べたい!!」  金崎少年は病院食ばかりを食べて過ごしてきたので、その手のオシャレスイーツに疎いところがあり、それだけに憧れも一層だった。 「料理でいうと、やっぱり出汁かな。肉や魚はもちろんだけど、以外と見過ごされてる出汁もあるんじゃないかな。キノコ類なんかはいい出汁がとれるし、貝や甲殻類なんかは見た目で避けられてるかも。あとは昆布や海苔といった藻類なんかも見落とされてるケースがありそう。乾物にしちゃえばより凝縮された出汁が取れるし」 「出汁かぁ。いい出汁の取れるモンスターとかいるのかなぁ」 「モンスターと言えば、ど定番のスライムからゼラチンが取れるかもしれない。そうなったらゼリーも作れるし、ムース、ジュレ、テリーヌもできちゃう。ちなみに牛乳とゼラチンからホイップクリームを作ることもできるよ」 「スライム超優秀じゃん。食の革命を起こせるよ。スライム革命!!」 「あとは卵、塩コショウにバター、マヨネーズとか生クリームを加えて、メレンゲを混ぜればフワッフワフのスフレ風オムレツもできちゃうよ。半熟トロトロとふわっふわスフレのコンボで異世界人を虜にしちゃえるよ」 「僕だって虜になっちゃうよ!!いや、すでに僕は君の虜だよ」  金崎少年の大胆な発言が飛び出した。クラス中の空気がざわついた。 「ああ?お前らさっきからなに二人で盛り上がってんの?そもそもマヨネーズなんて店で買えばいいじゃん」  後ろの席の男子生徒が冷めた口調で言った。 「ふふふ、残念でした。えーっと、横槍くん」 「誰だよ横槍って」 「いや、なんか話に横槍を入れてばっかな感じだったから、横槍くんか茶々くんっていうあだ名で今後は呼んでいこうかなって思って」 「登校初日にいきなり人に勝手なあだ名つけてんじゃねえよ。お前はどっちかっていうとつけられる側の立場だろうが」 「ああ、そっか。僕が学校に来てない期間に、横槍くんにはちゃんと定着した他のあだ名があるんだね。ごめんごめん。で?」  なにかを求めるような顔の金崎少年 「いや、で?って、なにがよ?」 「いやだから、横槍くんじゃない、他の定着したあだ名はなんていうの?」 「……別に、ねえけど」  なんだか罰の悪そうな顔になる男子生徒。 「え?」 「だからねえって!あだ名なんてとくにねえよ!っていうか生まれてこの方、あだ名なんてつけられたことねえし!!」  仄かに涙目になっている男子生徒だったが、そんなこと金崎少年はまったくお構いなしに話を続ける。 「そうなんだ。じゃあさ、横槍くんはもし異世界に転生したとして、どんな名前で呼ばれたい?やっぱりドイツ語とかラテン語系のかっこいいやつ?北欧神話風とか最高だよね。旧字体の漢字とかもかっこいいけどちゃんと異世界の人にも通じるかは微妙かなぁ。あっ、二つ名的なのでもオッケーだよ。茶々キング横槍!!とか」 「ふざけんな!そんなあだ名で呼ばれたら逆になんにも言えなくなるじゃねえか!口開きづらいわ!」 「黙っちゃうの?じゃあ、サイレント横槍とか?」 「いや、そもそも俺、横槍じゃねえから。しかもサイレントなら横槍もくそもねえじゃん!横槍関係ないのに横槍が残っちゃってるじゃねえか」 「でも、僕のなかではもう、横槍くんっていうのは定着しちゃったから、今さら横槍くんを消すわけには」 「はええよ定着すんの!まだお前と会って初日じゃねえか。俺そこまでお前に横槍入れてねえだろ。あだ名のセンスゼロだなお前。どうせつけるんだったら俺が中塚につけてやったやつみてえなセンスあるのにしてくれよ」  にやにやと口角を釣り上げる横槍(仮名)。 「中塚さんのあだ名?どんなのどんなの?」  待ちきれないというように身を乗り出して金崎少年は尋ねる。 「異世女いせじょ……くくっ。な?面白れぇだろ?」  誘い笑いをするように言うと、周りの女子らが釣られるように口を抑えつつ笑いを漏らす。 「異世女……アナザーワールドガール……い、いいなー。なにそれ?最高じゃん横槍くん。よし決めた!マヨネーズでとりあえずの様子見をしようって手口に加えて数々の料理の知識、さらに異世女という通り名なら文句ないや。横槍くん、君がいろいろと茶々を入れてきたせいで随分と答えるのが遅くなっちゃったけど、君の質問に答えるよ」 「ああ?質問?俺、質問なんかしたっけ」  話を脱線するうちに話の要諦を見失ってしまうことは、この年頃の男子にはよくあることだ。 「うん。君は僕に言ったよね。中塚さんと一緒に異世界に転生したいのかって。僕は君のその質問に、自信をもって答えよう。僕は誰かと一緒に異世界に転生するのであれば、中塚さんと一緒に転生するよ。いや、中塚さんと一緒に転生したい!」  一点の曇りもなく、瞳を輝かせて金崎少年ははっきりと言った。その答えに金崎少年の席を囲む四方八方の生徒たちは、時が止まったかのようにぽかんとしたまま反応ができない。ただ一人、左隣に座る中塚だけは、その鉄面皮を真っ赤に染めて叫びそうになるのを必死で堪えていた。 「それじゃあ中塚さん、至らぬところもたくさんあるけど、これから末永くよろしくお願いします」 「な、なに言ってるの君は。会って間もないのに、転生相手にわたしを選ぶなんて。わたしに近づいたっていいことなんてなにもないのに」  ノートに書き綴った異世界についてのあれこれをクラスメイトに見られて以来、めっきり彼女のもとから離れていった友達の顔が中塚の脳裏によぎった。 「いいことだらけだよ」 「えっ?」 「今のところ僕、中塚さんの隣の席になってから、いいことしかないよ。悪いことゼロ。僕、体が弱くてこれまで学校って保健室以外ほとんど行ったことなかったから、今日みたいにちゃんとクラスに加わるのって、僕にとったら未知の世界に冒険するみたいな感覚だったんだけど、まさか初日から異世界転生パートナーに出会えるなんて、超ラッキー」  金崎少年は邪気のない笑みを顔いっぱいに浮かべた。 「ラッキーなわけない。君は絶対に後悔する。わたしなんかを選んだことを」 「どうして?」 「だって君は、クラスのこともわたしのこともなにも知らないから」 「うーん、まあ確かに。まだ初日だしね。でも、知らなくてもわかることはあるよ。僕は中塚さんのことをまだちゃんとは知らないかもしれないけど、中塚さんのことちゃんとわかるもん」 「そ、そんなの無茶苦茶だよ。わかっててもちゃんと知らないと絶対に後悔するから」 「うーん、まあそこまで強く言われちゃうと……よしっ、じゃあわかった。僕は中塚さんをちゃんと知りたいから……異世界転生クーイズ!!!!!!」  効果音が教室中に鳴り響きそうなほど、じゃじゃーんとばかりに金崎少年は言い放った。 「な、なんでまたそれなの?そんなんでわたしのなにがわかるの?」 「わかるよ。僕はこのクイズで中塚さんのすべてを知ることができるんだ。人は自分の好きなこととか興味あることを手がかりにして色んなものを知っていくことができるんだよ。スポーツの好きな人はスポーツを通して人との関係性とか物事の考え方とかを理解していくし、勉強の好きな人は学びを通して社会のことを知っていくんだ。だから僕は僕のやり方で中塚さんのことを知っていくんだ。知りたいんだ」  なんの衒いもなく金崎少年は言い切った。 「わたしのことが……知りたい」  あらためて断言されて、中塚は抑えきれないほど鼓動が高まり顔の火照りは最高潮を迎えた。 「うん。だからこれからバンバン異世界転生クイズを出していくから、覚悟してね」 「……」  汗びっしょりで真っ赤に染まった頬が恥ずかしくて、中塚は机に俯いて顔を隠した。 「ダメ、かな?」  金崎少年は寂しそうな顔ですがるような声を発した。 「……一日一問までならいいけど」  中塚はかき消えそうなほどか細い声で答えた。その答えに金崎少年はぱっと顔を輝かせた。 「わーい。一日一問かー、となると相当厳選しなきゃだね。どうしよう、明日はどんなのにしよう」  こうして金崎少年による異世界転生クイズの日々が幕を開けたのだった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加