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「熱帯魚を飼ってるんだ?」
あの日、雨宿りと時間潰しで私のマンションの部屋に入った海里は、珍しそうに水槽を覗き込んでいた。
「こうやって群れて泳いでいると、綺麗な!」
「でしょ?んー、たいしたものは出来ないけど、冷麺くらいなら作るよ?まだ、雨は降ってる?」
返事がないので冷蔵庫から顔を上げると、すぐ傍に海里が立っていた。
抱きしめられて、足がもつれる。
海里の胸から、雨の匂いがした。
「蘭ちゃん、油断しすぎ……」
私の頭は真っ白になり、気持ちと裏腹に力が抜けていく。
海里の唇が触れると、その部分が痺れた。
──痺れてる……どんどん痺れていく。
身体の真ん中から広がる痺れは、甘さも混ざり合い理性を押しやった。
食欲が、別の欲望にとって変わる頃、海里の背中越しにカージナルテトラの赤が目に入る。
──理由なんて……こんなもの。
好きになるのに理由がいらないなら、抱かれるのにも理由はいらない。
自分の身体だけが知っていればいい。
そして秘密は、媚薬で劇薬だ。
貪るような獰猛な時間を重ねていけば、きっともっと激しく痺れる。
幸せを求めるより、私は海里と痺れていたかった。
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