痺れる熱帯魚

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 結婚式は、穏やかに進んで行く。  あいにくの曇り空で、時折雨がぱらついた。  夫になる岸本誠二(きしもとせいじ)は、真面目で無口だが、私の熱帯魚には興味を持ってくれた。  ミクロラスボラ・ハナビをプレゼントしてくれたのも誠二さんだ。  披露宴は、誠二さんが熱帯魚の事を必死で調べた裏話が、友人達によって面白可笑しく披露されている。  私が微笑むと、照れて俯いてしまった。 「シンガポールで、また熱帯魚を飼ってみるかい?」  遠慮がちに訊ねてくる誠二さんに、ゆっくりと首を振った。  私達は新婚旅行もシンガポールで、住むのもシンガポールだ。  「慌ただしくてすまないね……」  もう何回も聞いた誠二さんの言葉にも、笑顔で首を振る。 「楽しみにしているのに」  お見合い相手の誠二さんは、自分がシンガポール転勤を控えている事を一番に話してくれた。  その言葉は、私の背中を押した。  やっとこれで海里とさよならできる。  罪悪感に苛まれ、苛まれながらも逢いたいと願ってしまう。  逢うと、常識も理性も淑女もプライドも、全部後回しになってしまう。  そんな相手に巡り会えても、いつもハッピーエンドが待っている訳ではない。  絡まる糸を一本づつほぐすより、プツンと切ってしまう方が簡単だ。
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