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──幸せになれるなんて思わないで。
別人のような低く冷たい声が、私の耳朶に襲いかかった。
その言葉とは裏腹に、葵の息は熱くて不快だ。
心臓を一突きされたかのように、冷たさが足元から忍び寄る。
──私はお姉ちゃんを許さない。
「葵っ!……あなた、知って──」
渇ききった喉が、言葉を留める。
頼りなげで、いつも私の後を不安そうに付いて歩く葵はもういない。
海里を得て、母になって、葵は強くなった。
どこか妹を侮っていた。
海里と自分の関係など、葵が気付くはずがないと。
「葵……私っ!!」
海里の腕を取り、去っていく葵にかける言葉などなかった。
世界一間抜けな顔をした花嫁の私は、蝋人形のように固まったまま披露宴を終えた。
シンガポールに発つ日、空港に葵夫婦は来なかった。
父や母の姿もなかった。
結婚式を終えてすぐ、葵は両親も巻き込んで、私と海里の不倫を暴露した。
葵の望みは離婚ではなく、海里との再生。
海里は一生、葵にもうちの両親にも頭が上がらないだろう。
私は、両親を失くし、妹を失くした。
家族を築いていく葵と、失くした私。
私に残されたのは、何も知らない誠二さんとシンガポールの暮らしだけだ。
「不自由はしていないかい?」
仕事が忙しく帰りが遅い誠二さんは、決まって朝にそう尋ねてくれる。
「日系のお店が多くて、不自由してないわ?」
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