6 あなたに会いたかった(遠山剛の場合)

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6 あなたに会いたかった(遠山剛の場合)

 私は、今月もコインロッカーの前に立っている。  一体、私は、あとどれくらい繰り返せばいいのだろう。あと何回繰り返せばあなたに会えるのだろう。  一人の男性がコインロッカーを開けた。その瞬間、その男性はその場に座りこんでしまった。 「大丈夫ですか?」  まわりの人は驚き、男性にかけよった。 「すみません。ちょっとめまいがしただけなので、もう平気です」  男性は、手を貸してくれた人にお礼を言うと歩き出した。  男性が開けたコインロッカーは、空っぽだった。  選ばれた人の名前は、遠山剛。  彼は、今年70を迎える。そんな彼は、思い人に会うためにずっとコインロッカーに名前を書いて入れていた。それを何ヵ月も何ヵ月も繰り返した。そして、やっと今月、願いが叶う。  最終の電車を見送った剛の前に、電車が静かに停まった。剛の前の扉が開くと、中から女性が降りてきた。 「こんばんは。私は、案内人です。あなたが会いたい人は、高槁加奈さんで間違いありませんか?」 「はい。そうです」  剛は、一瞬驚いた顔をしたが、嬉しそうに頷いた。 「では、思い出の品をお願いします」  剛は、案内人に髪飾りを渡した。 「髪飾りですか」  案内人は、首をかしげた。 「はい。私が彼女に初めて送ったものなんです」 「分かりました」  案内人は、剛に電車の説明した。 「何か分からない事はありますか?」 「大丈夫です」 「では、いってらっしゃいませ」  案内人は道をあけた。すると、剛は案内人に向かって微笑んだ。 「案内人さん、すみませんが手を貸してもらえますかね。段差につまずくと怖いので」 「分かりました」  案内人は、剛の手を掴むと電車内に誘導した。 「では、私は、これで」  案内人が手を離し、電車を降りようとしたのを剛は止めた。 「あなたが降りては駄目ではないですか」 「?」  案内人は首をかしげ、剛をみた。 「高槁加奈さん。私が会いたいのはあなたですよ」 「遠山剛…。たけちゃん…」 「はい、たけちゃんです」  剛が加奈にもう一度笑いかけると電車の扉がしまり動きだした。 「やっと僕を思い出してくれましたか?」 「はい」  加奈は、剛に笑顔を向けた。 「加奈ちゃん、会いたかったです」  剛が加奈にそっと触れる。すると、剛の姿が40年前の姿に戻った。 「懐かしい。私の知ってるたけちゃん」 「電車の旅は本当に不思議ですね」  最初に止まったのは、二人が出会った喫茶店だった。 「懐かしい…。」 「今でもありますよ。たまにコーヒーを飲みに行きます。店主は息子さんになりましたが、雰囲気は昔のままですよ」 「あのマスター、息子さんが出来たのね」 「はい。マスターそっくりですよ」  2番目に止まったのはピアノ教室だった。 「あ!私の家。」 「今はお姉さんのお孫さんが先生されているようですよ。この前お邪魔した時は教室の日だったようで楽しい声が聞こえていました」 「そっか。またピアノ弾きたいな」 「僕も君のピアノが大好きでしたよ」  3番目に止まったのは、公園内にあるサッカー場だった。 「懐かしいな、サッカー場。たけちゃん、毎週サッカーやってたよね」 「試合の時はよくお弁当を持って応援にきてくれましたよね」 「うん、黒こげの厚焼きたまごのお弁当。最後までうまく焼けなかったな。ごめんね」 「美味しかったですよ」  4番目に止まったのは幼稚園だった。 「覚えていますか?」 「私が働いていた幼稚園」 「そうです」 「たけちゃん、仕事帰りに幼稚園の前で待っていてくれたよね」 「はい。そのままよく夕飯を食べにいきましたね」  5番目に止まったのは、大学病院だった。 「ごめんなさい。僕がもっと早く気がついてあげられたら」 「たけちゃんが謝ることではないわ。あの時代、初期に見つけるなど無理だったのよ」  加奈は、長く続く倦怠感に苦しんでいた。近所の病院では原因が分からず、大学病院で検査した時には、もう病魔は、加奈の体を深く蝕んでいた。 「ねえ、たけちゃん。私、電車の旅をしていて気がついたの。私、本当に幸せだった」  加奈は、剛に抱きついた。 「たけちゃんと過ごせたのは数年だったけど、幸せな思い出でいっぱいだった。もう思い残すことないよ」 「加奈。僕も君と一緒の時間が過ごせて本当に幸せだった。でも、僕にはやり残した事があるんです」  そういうと、剛は加奈ともう一度向き合った。 「僕は、君にプロポーズしていない」 そしてポケットから小さな箱を取り出した。 「加奈、僕のお嫁さんになってください」 「はい」  加奈は、涙を流しながら頷いた。加奈が箱を受け取り開いて見ると、2つのリングが並んでいた。 「これって」 「本当は、プロポーズにはエンゲージリングなんだろうけど、君が最後に欲しがっていたのはマリッジリングだったから」  加奈は、自分の命が消えかけているのが分かり、剛にマリッジリングが欲しいと言った。剛のお嫁さんとして、この世を去りたいと。  剛は、加奈に生きるのを諦めて欲しくなかった。だから、マリッジリングを贈ったら加奈がこの世から消えてしまう気がして贈ることが出来なかったのだ。  剛は、加奈が亡くなった後、本当に後悔した。どうしてあの時すぐに贈らなかったのだろうと。 「君が案内人だと気がついた時は驚いたけど、もしかして君が思い出の品として探していたのはこれだったんじゃないかな」 「うん」 「さあ、手を出して」  二人は互いの指にマリッジリングをはめた。 「可愛い僕のお嫁さん」  剛の言葉に加奈の涙は止まらなくなった。    電車は、夕が丘駅に到着した。 「もし、このまま加奈と一緒に電車に乗っていたらどうなるのかな」  剛の言葉に加奈は首を横に振った。 「駄目よ。あなたは最後まで自分の人生を生きて。あなたが来るのを先に行ってまってるから」 「さみしがり屋の君がまた泣いたりしないか、僕は心配だよ」 「大丈夫。だって、私は、たけちゃんのお嫁さんだもの」  そういうと、加奈は左手を顔の横にあげた。 「これがあれば寂しくないわ」  剛は、加奈を抱きしめた。 「出来るだけ、早く行くからね」 「待ってる」  剛は、加奈にキスをした。  目を開けると剛は、ホームのベンチに座っていた。そして、剛は、すっかり元に戻った手に不釣り合いに光るリングを確認した。 (加奈、僕の可愛いお嫁さん。愛してるよ)  夕が丘駅に現れる不思議な電車のお話。  もしかしたら、月に一度、そんな電車があなたの近くの駅にも現れているかもしれません。  あなたは、いったい誰に会いたいですか。
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