3-1 妻に会いたい(安藤宏太の場合)

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3-1 妻に会いたい(安藤宏太の場合)

 今日も一人、コインロッカーと向き合う男がいる。  安藤宏太は、「安藤志保」と名前を書いた紙をコインロッカーに入れ、鍵を閉めた。  そして、宏太は、そのロッカーに向かって手を叩いた。まるで神社でお参りするように柏手を打ち、必死に祈るしぐさをする宏太を不思議な目でみる人もいたが、宏太は必死に祈った。 (頼みます。絶対に連れてきてください) 「やった!無い」  宏太は、次の日、紙が無くなっていたコインロッカーの前で踊り出したい気持ちを必死にかくすので、精一杯だった。よっぽど顔がにやけていたのだろう。近くを通った年老いた男性に不思議そうに尋ねられた。 「すごく嬉しそうな笑顔ですね。そんないい事があったんですか?」 「これからあるんです。久しぶりに大好きな人に会える事になって」 「そうですか。それは良かった。私みたいに老い先短い身としては羨ましい。楽しんできてくださいな」 「ありがとうございます」  宏太の足は宙に浮かんでいるかのように軽やかだった。  そして、とうとう当日を迎えた。  宏太は、両手にたくさんの物が入った紙袋を持っていた。 (大丈夫だよな。きっとくるよな)  宏太は、浮き足立つ気持ちと不安な気持ちとが入り乱れて体を揺するのを止められなかった。 (きた!)  電車が宏太の前に止まり、中からピンクのワンピースを着た女性がでてきた。 「こんばんは、私は案内人の加奈です。あなたが会いたい人はあなたの妻である安藤志保さんで間違いありませんか」 「はい、よろしくお願いします」 「それでは、思い出の品をお願いします」  宏太は、紙袋の中から、二人が新婚旅行で沖縄に出掛けた時に買った星の砂を渡した。 「星の砂ですか。かしこまりました。では、電車の説明をいたします」  電車の説明を聞いた後、宏太は言いにくそうに尋ねた。 「あの」 「何でしょうか」 「電車の中に持ち込みたいものがあるんですが、駄目でしょうか」  そういうと、爽太は、案内人に両手に持った紙袋を見せた。 「持ち込んでもかまいません。しかし、電車を降りる際に忘れずに持って降りてください。忘れものされても取りに戻ることは出来ませんので」 「分かりました」 「では、行ってらっしゃいませ」  宏太は、電車に乗り込むとそわそわしながら外を見ていた。再会駅に志保の姿を見つけると、妻に向かって思い切り手をふり始めた。 「志保!会いたかった」  乗り込んできた志保を宏太は、ぎゅっと抱き締めた。 「宏太、ずっと手を振ってくれてたの?呼んでくれてありがとう」  宏太は、自分の腕の中で志保が笑っている様子を見て涙を浮かべていた。 「ねえ、どんな駅に止まるのかな?」  宏太の横に座った志保が楽しみだと言わんばかりに目を輝かせていると、宏太は持ってきた紙袋を自分のひざの上にドサッとおいた。 「ごめん。今日は、思い出の場所の話じゃなくて、これを志保に見てほしくて呼んだんだ」 「これは、何?」  宏太は、紙袋からアルバムを出し、志保に見せた。それは、赤ちゃんの写真だった。 「美保だよ」  それを見た、志保は、涙を流した。 「私のかわいい赤ちゃん…」  それから、宏太は、写真を見せながら志保に二人の娘である美保について話をした。初めて笑った時や美保が好きなものの話など。時には、産着やその時着た服など、見せながら説明した。 「そういえば目を離したら美保がティッシュを箱から全部出しちゃったことがあったんだ。振り返ったら、不思議そうに美保がティッシュの海の中で遊んでたよ」 「大変だったのね。そのティッシュどうしたの?」 「もったいないから、ひとまず一枚一枚畳んでビニールの袋に入れて使った。ティッシュも手が届かないところに置くようにしたよ。でも、たまに置き忘れるとすぐにやられる」  宏太が面白おかしく話をしてくれるので、最初は涙を浮かべながら写真を見ていた志保だったが、今は楽しそうに話を聞いていた。  電車は、何個も駅を通りすぎたが二人は駅を見ることなく話を続けた。 「美保を本当に大切に育ててくれてるのね。写真をみれば分かるわ。本当にありがとう」  志保は、宏太の顔を見てお礼を言った。すると、宏太は、突然泣き出した。 「宏太、どうしたの?私なんか変なこと言った?」 「違うんだ。もし、俺がもっと治療を勧めてたら、志保は写真じゃなくて自分の腕で赤ちゃんをだっこしてたかもしれないと思うと申し訳なくて。」  志保は、宏太の涙をハンカチで拭くと、宏太の頬に触れた。 「それは、あの時二人で何度も話し合ったでしょ。それにもし、あの時治療を優先していたらこんなにかわいい美保を産んであげられなかった。」  志保は、美保の写真をそっと撫でた。 「そんなの死んでも死にきれないよ。」  志保は、悲しげに笑っていた。
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