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5-1 子どもに会いたい(葉山梨花の場合)
「なんでよ!」
一人の女性がコインロッカーの中を睨みながら固まっていた。彼女の目の前のコインロッカーには昨日と同じ一枚の紙が残されていた。
この光景を見るのは、何度目だろう。彼女の書いた紙がコインロッカーから消えることは、今日もまた無かったのだった。
女性は、コインロッカーから紙を取るとイライラしながら駅の外へと歩き出した。その時、すれ違いざまに老人とぶつかった。
その老人はそのせいで尻餅をついたが、彼女は振り返ることなく歩き続けた。
そんな彼女の代わりに通行人が老人に声をかけ、手を貸していた。中には女性を野次る声をかける人もいたが、そんな声も耳に入らないのか歩みを止める事はなかった。
静まりかえった病室で、眠り続けている息子の手を必死に擦りつづけている女性がいる。
彼女の名前は、葉山梨花。7才の息子、優希と旦那との3人家族だ。
しかし、旦那は単身赴任でほとんど帰って来ない。その為、彼女と息子2人の生活がずっと続いていた。だから、二人は仲良し親子として近所では有名だった。優しい母親に、母親思いの息子。それは理想のような親子だった。
そして、これからもずっとそれが続いていくはずだった。
しかし、優希が小学校からの下校途中に事故にあってしまったことで、そんな日常はガラッと変わってしまった。優希は、打ち所が悪く、いまだに意識が戻らないのだ。
それから、梨花は、毎日病院に行き、必死に優希の手ををさすっていた。
「優希、早く目を覚まして…」
日頃から身だしなみに気を使っていて綺麗だったはずの梨花の姿は、今は髪も乱れ、おもかげがないくらいにやつれていた。そして、病室に響くその声は、必死に息子を思う母の叫びに聞こえた。
梨花は、気がつくと駅のホームに立っていた。
「ここは、どこ?」
見渡すと、「再会駅」と書かれていた。
「まさか。でも…」
梨花が状況がのみ込めずいると、目の前に電車が止まり、扉が開いた。
「えっ…!」
梨花の目は大きく開かれた。
「ママ」
扉の向こうにいたのは、病院で寝ているはずの優希だった。
「どうして、あなたが…」
「ママ、早く乗らないの?扉、閉まっちゃうよ」
優希の言葉に梨花はあわてて電車に乗り込んだ。
「どうして、優希がいるの?この電車って」
「そうだよ。ママが乗りたかった電車だよ」
優希は、梨花の手をひくと座席に座らせた。
「でも、コインロッカーの紙は無くなっていなかったのに…」
「うん。今回選ばれたのは、ママじゃないよ。僕なんだ。僕がママに会いたいっていう気持ちが選ばれたんだよ」
「でも、優希はずっとあそこで寝てるはずでしょ。そんな事出来るはずないでしょ」
「そうだね。でも、出来たからここにいるんだよ。そうだ、ママにもこの電車の旅の話をしないとね」
そう言うと、優希は、梨花にこの電車の事、そして注意事項を話した。
「僕は、夕が丘駅までだけど、ママはちゃんと別離駅で降りなきゃ駄目だよ。決まった駅以外で降りたら元のところには戻れないだって」
「そうなの?分かったわ」
梨花が優希に触れようとすると、優希は立ち上がり扉に近づいた。
「ママ、幼稚園だよ」
電車は、数ヶ月前まで通っていた幼稚園に止まった。
「ほんのちょっと前まで送り迎えで通っていたのになんだか懐かしい気がするわ」
「ママは、幼稚園の人気ものだったもんね」
「そうだったかしら」
優希に言われ、梨花は恥ずかしそうに笑った。
「そうだったよ。幼稚園の先生も、友達のママも優希くんのママは優しくて綺麗ねって」
「そんな風に言われていたなんて知らなかったわ」
梨花は、優希を見て微笑んだ。
しかし、優希はそんな梨花をじっと見ていた。
「ママは、嘘つきだね…」
そういう優希の声は冷たく、梨花を睨んでいた。
「本当は知っていたんでしょ。そう言われるのが嬉しくて外では優しいママのふりしてたくせに」
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