初めてのお買い物【chiko】

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初めてのお買い物【chiko】

「ベルさん、そろそろ外に出てみませんか?」  トカゲ頭の悪魔と一緒に住み始めてから、早一週間。ずっと家に篭っている彼が心配になり、今日は定時上がりで帰ってきてしまった。当の彼は、コーヒーの淹れ方をすっかり覚えた様で、ゆったりとソファで香りを楽しみながらくつろいでる。 「稚依子、今日は帰ってくるのが早いな」 「ベルさんとお散歩しようと思って早く帰ってきたんですよ!」 「オサンポ……?」  キョトンとするベルさんが可笑しくて、つい笑ってしまう。今日という今日は無理矢理にでも連れ出そうと気を引き締めていたのに台無しだ。 「お散歩っていうのは、外をただただ歩いて楽しむことです」 「歩くだけなのか?」 「そうです」 「なんて無意味な」  そう言ってゆっくりとコーヒーを啜るベルさんに向かってため息をついた。彼と暮らし始めてからわかったこと。悪魔は無駄なことをしない。例えばこのお散歩も、悪魔にとっては体力を無駄に消費するバカな行為……と思われてしまうのだ。  でもここで諦める私ではない。今日はちゃんと対策を考えてきたのだ。 「そういうと思ってました!では、意味を持たせましょう」 「意味?」  鞄を置いてベルさんの隣に座り、予め用意しておいたスマホの画面を見せる。 「スーパーに行きましょう」 「スーパー?」  ベルさんは訝しがりつつ、画面を見てくれる。用意した画像は、近所のスーパーの野菜コーナーだ。 「たくさん野菜が売ってるお店です。ベルさん、今はレタスしか食べないですけど、きっともっと食べられる野菜があると思うんです!」 「……」  ベルさん、ちょっと揺れてる。一週間ずっとレタス生活だったから、さすがに飽きてきたんだな。 「……稚依子が適当に見繕ってくれればいい」 「ダメですよ!私じゃベルさんの好みがわかりません!一緒に行けば、見た目だけじゃなく匂いも嗅げますし」  ベルさんの右手がネクタイをいじる。これは、もう一押しだ。 「それに、ベルさんの大好きなコーヒーも売ってますよ。いろーんな種類の!」 「……はぁ」  ベルさんのため息は、承諾の合図だ。やった!ついにベルさんを外に出せる! 「ではこちらを被ってください」  ニコニコしながら、帰りに量販店で買ってきた目出し帽を鞄から出す。 「……なんだこれは」 「え、これはこうやって頭から被るんですよ」  試しに被って顔を上げると、呆れ顔のベルさんと目が合った。 「お前は、何をしているんだ」 「何って……だってベルさん顔見られたらまずいじゃないですか」 「姿を消せばいいだけだろ」 「そりゃ、そうできたら完璧ですけど……」  言い終わらない内に、ベルさんの体が少し揺れて、スーッと消えてしまった。……え? 「べ、ベルさん!?ベルさんどこ!?」 「でかい声を出すな。目の前に座ったままだ」  再びスーッとベルさんが姿を表す。たしかに、ついさっきまでのポーズのまま、動いた気配がなかった。 「べ、ベルさん、消えられるんですか!?すごい!」 「言ってなかったか?」 「言ってないですよ!どういう仕組みなんですか!?服まで消えてるし……」 「周りの景色と同色になって消えている様に見えているだけだ。身につけているものも同じ効果を得られる」 「すごい!ベルさん、本当に人間じゃないんですね!?」 「お前は……こんな顔の人間がいるわけないだろう」  ベルさんがあまりにこの部屋に馴染んできてたから、本当は着ぐるみなんじゃないかと思い始めてたけど、本物の悪魔なんだ。感心しながら、目出し帽を脱ぐ。……目出し帽って結構暑いんだな。強盗の人、意外と大変だ。 「じゃあさっそく出かけましょう」 「ああ」 「でも、ベルさんが消えちゃうと、どこにいるのかわからなくて心配ですね」  少し悩んだ後、とても良い案を思いつきパッと立ち上がる。ベルさんはため息をつきながら、ニヤリと笑う私を不安そうに見上げていた。
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