涙の晩酌【lizard】

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涙の晩酌【lizard】

 魔界の穴からスルリと人間界に足を踏み入れた。出口はどこかの本棚の隙間に繋がっていたようで、薄暗く誰もいない様子に少し安堵する。軽く息を吐いて、ネクタイの結び目を少し緩めた。  俺のように、悪魔は人間に気付かれないように度々こちらの世界を訪れている。理由はただ一つ、人間の強い感情を食べるためだ。人間の感情は、魔界に存在するどの食べ物より美味い。普段は積極的に動くことを嫌う悪魔たちも、そのとろけるような味を求め、こうしてわざわざこちらにやってくるというわけだ。  落ち着いて周りを見渡す。ベッドが置いてあるため、ここは寝室の様だ。扉が少し開いており、そこから光が漏れているのが確認できた。……美味そうな匂いも、あちらの方から漏れてきているな。気付かれないように肌の色を壁と同化させて、またスルリと隣の部屋へ移動した。  隣の部屋には、ソファとテレビとかいう人間界の機械が置かれたエリアと、ダイニングテーブルと小さなキッチンがあるエリアに分かれていた。テーブルの上にはいくつかの空缶が散らばっており、目当ての人間はそのダイニングテーブルにペタリと突っ伏している。……死んでるのか?いや、寝ているだけか。背中が若干上下している。    髪が長いから、おそらくメスの人間だろう。頭の周りに深い藍色のオーラが出ている。とてつもなく美味そうだ。  静かに近づき、オーラを喰うために長い舌を伸ばす。あと少しで芳しい香りを放つそれに届く、その瞬間。 「やっぱり納得いかない!」 「うおっ!?」  突然人間がガバッと起き上がり、テーブルを叩きながら叫んだ。あまりの驚きに、声が出てしまった上に、肌の色も元に戻ってしまった。人間からしたら、突然見たこともない生き物がすぐ隣に姿を現したことになる。 「……」 「……」  お互い見つめ合い、時が止まる。ヤバい。大きな声を出されて他の人間を呼ばれると厄介だ。最悪の場合、殺すしかないか……。握りしめた拳を緩めて、爪を用意したその時。 「トカゲさん?」  寝ぼけた顔で、俺に問いかける。それが、悪魔の俺と人間の稚依子との出会いだった。
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