喧嘩【lizard】

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 時刻は夜9時。窓の外を眺めると、いつから降っていたのか、天気は雨になっていた。 「……遅いな」  稚依子の帰宅時間は、概ね7時前後だ。今日はすでに2時間も遅くなっている。……何かあったのか。いや、以前も雨のせいで帰宅が遅くなったことがあったから、多分そのせいだろう。そうだ、きっとそのせいだ。ダイニングテーブルに座って肘をつく。無理矢理自分を納得させたものの、時計の針が進むにつれて頭の中でどんどん悪い想像が浮かんでくるのを止めることができなかった。  もしかして、朝のやり取りが原因なのか。俺と暮らすのが嫌になって、帰ってこないつもりなのかもしれない。再び立ち上がり、部屋の中をウロウロと歩く。 「そういえば、あいつ、傘持っていったのか?」  勢いよく飛び出して行った今朝の映像を思い出す。確実に持って行ってないな。早足で玄関に向かい、彼女の傘をつかむ。  ……ここは4階だ。廊下に出て駅を観察していれば、帰ってくる稚依子の姿が確認できるかもしれない。もし傘を持っていなければ迎えにいくか。いやでも、姿は消せても手に持った傘まで消せるわけではない。そうすると、人間からはふわふわと浮いた傘が駅まで移動しているように見えてしまうな。……それは目立つか。いや、道の端を歩けば気づかれないかもしれない。  数分悩んだ末、思い切って出かけようとドアに手を伸ばしたちょうどその時。ドアノブがひとりでに動き、扉が開いた。目の前には、ずぶ濡れで佇んでいる稚依子の姿。 「べ、ベルさん!?びっくりした!どうして玄関に?」 「い、いや、その……」 「……傘?お出かけですか?」  右手にある稚依子の傘に気づかれ、仕方なく白状することにする。 「お前を……迎えに行こうとしたんだ。朝、傘を持って行かなかったと思って……」  俺の言葉を聞いて、稚依子は驚いたように目を見開いた後、突然顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。 「なっ!?ど、どうした!?」 「だってっ……朝ベルさんに酷いこと言っちゃったからっ……ベルさん出て行っちゃうんじゃないかって心配でっ……私、ごめんなさいっ……自分の考えを押し付けてばかりでっ……」  そのまま、うえーんと声を上げて泣きじゃくる。まさか稚依子も同じ心配をしていたとは。 「俺も……すまなかった。お前の厚意に甘えすぎていたな」  素直に謝ると、稚依子が再び私の方こそ、と謝りだすから、キリがなさすぎて困ってしまった。本当意味がわからない生き物だ。
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