34人が本棚に入れています
本棚に追加
「って感じでフラれたんですよ!?酷くないですか!?」
グビっと何本目かの缶ビール(そう呼ぶと教わった)を飲み干して、うえーんと声を上げて泣く。そんな人間の様子を、何故か俺は向かいの席に座って眺めていた。どうしてこんなことに……。
「おい、人間」
「ぐすっ……新山稚依子です」
「新山稚依子。何故そんなに泣いてる。他にオスは沢山いるだろう」
「だって、本気で彼のこと好きだったんですよ。それに、私を選んでくれる男性なんて滅多にいません。素敵な男性はもっとキラキラした女性の元に行ってしまうんですよ……」
「俺には全く違いがわからんが」
「しかも……」
またウルウルと彼女の目に涙が溜まっていく。なんなんだこの液体は。無限に出てくるのか?
「『お前、不感症なんじゃねぇの?』とか言われて!そんなこと言われたら、もう他の男性とお付き合いなんてできませんよ!」
うわーんと、また声を出して泣き出す。よくわからんが、有性生殖も大変なのだな。わかったから、早くこの謎の会から解放してほしい。
「で、トカゲさん」
「トカゲではない。悪魔だ」
「名前はないんですか?」
「ベルラドールだ」
「ベルラドールさんはどうしてここへ?」
急に涙が引っ込み普通に話し出す。人間とはこういうものなのか?全然俺のことを怖がらないのも甚だ疑問だ。
「人間の感情を食べにきた」
「人間の感情?」
「その、お前の頭の周りにフワフワと浮いてるそれだ」
新山稚依子はキョロキョロと辺りを見渡した後、首を傾げた。どうやら人間には見えないらしい。
「人間が強い感情を持つと、まわりに出てくる。今のお前には藍色のフワフワが浮いてる」
「へぇ〜。感情によって色が変わるんですかね?私は今すごく悲しいから藍色なのかな」
「わからん。だが、確かにそうかもしれない。よく食べるのは恐怖の感情だが、それは紫だな」
こんなに喋ったのは久しぶりで、先ほど勧められたビールをゴクリと飲んだ。悪くない味だ。
「そっか。じゃあどうぞ召し上がってください」
「いいのか」
「どうぞどうぞ。こんな悲しい気持ち、食べて無くしてもらえるなら嬉しいです」
そう言って、新山稚依子はまたテーブルに突っ伏してしまった。よくわからんが、許可が出た。さっさと喰らって魔界に帰ろう。
立ち上がり、彼女の横に立つ。舌を伸ばし、フワフワと浮かぶ藍色の感情を、ゆっくりと口に入れた。口の中でジワリと溶ける悲しみの感情は、最後にパチパチと弾けて、極上の喉越しだった。
全てを食べ終え、舌なめずりをしながら新山稚依子をちらりと盗み見る。泣き疲れたのか、ぐっすりと眠ってしまっていた。まったく、悪魔を見てこんなに動じない人間を見たのは初めてだ。肝が据わっているのかと思えば、とんでもなく些細なことで子供のように泣きじゃくる。不可思議な生き物もいたものだ。不思議と目が離せず、しばらくの間ただただ彼女を眺める。
……いやいや、いつまでこうしているんだ。今日の俺はどうかしている。スーツのネクタイを締め直し、出口である寝室へ足を向けたその時、うぅっと苦しそうに唸る声が聞こえた。また起きたかと彼女を覗き見ると、悪い夢を見ているだけのようだ。眉間に皺を寄せて、瞳からはツーッと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「難儀な生き物だな」
舌を伸ばし、彼女の涙を拭う。どうせおかしな夜だ。このビールがなくなるまで、ここで不思議な生き物を観察するのも良いかもしれない。俺は再び彼女の向かいの席に座り、飲みかけの缶ビールに口をつけた。
最初のコメントを投稿しよう!