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無意識の契約【lizard】
体の痛みで目を覚ました。うっすらと目を開け辺りをぼんやりと眺める。目の前にあるボヤけた空缶と妙に明るい室内に違和感を覚えた。……ここ、どこだ。段々と意識が覚醒してくる。そうだ……昨日は確か、人間界に来て、人間の愚痴を聞いて、ビールを飲んで、そのまま……?
ガバッと起き上がり、再度辺りを確認する。人間界の部屋だ。もしかして、あのまま寝てしまったのか。信じられない自分の失態に頭を抱える。昨日の人間が見当たらないが好都合だ。とにかく、早く帰らないと。
立ち上がり、そーっと寝室の扉を覗く。あの人間はこちらの部屋にもいないようだ。新山稚依子……とか言ったか。いや、今はそんなことどうでも良い。素早く室内に入り、一目散に本棚へと駆け寄る。あの隙間に入れば一件落着だ。焦りながら、えいっと勢いよく飛び込んだ。……はずだったのだが。
ぎゅむっ……
「……?」
おかしい。いつものように暗闇に入ることができない。もう一度だ。
ぎゅむっ……
やはり体が引っかかって、中に入ることができなかった。いつもなら、闇の中へ体がスルスルと溶け込んでいき、気がつけば魔界の穴に帰ってきているというのに。こんなことは初めてだ。
諦めきれず、いろんな角度でギューギューと本棚の隙間に体を押し込んでいると、いつの間にやら、すぐ近くで人間が俺を見ていた。こんな醜態を見せてしまった恥ずかしさと、こんな明るい時間に人間に会う緊張感とで体が固まる。
「おはようございます、トカゲさん」
「おはよう……人間」
「何してるんですか?」
「魔界に帰ろうとしている」
「もう帰っちゃうんですか?」
「それが……そのつもりだったのだが」
「……?」
「……帰れなくて困っている」
素直に白状した後、まだ無理矢理本棚の隙間に突っ込んだままだった右足を引き抜いて、人間と向き合う。昨日と違って、髪をタオルのようなものでまとめ上げている彼女は、何やら考えた後にゆっくりと口を開いた。
「とりあえず、朝ごはんにしましょう」
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