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「……これは、いい香りだな」
私の手には、青々とした香味野菜。気にいってくれるかなぁとは思っていたけど、予想が的中して自分でも驚くほど嬉しかった。
「なんだこれは?」
「パクチーっていうんですよ。独特の風味があって、好き嫌いが分かれやすいんです。私は食べられるけど、少し苦手」
「へぇ、そうなのか」
……さっきからちょっと気になること。ベルさん、気を遣って小さな声で話してくれてるのは良いことなんだけど、耳元で喋られると、くすぐったいというか、なんというか。っていうか今まで気が付かなかったけど、ベルさんすごくイケボ!低くて深くて直接脳に届くみたいな声。なんだか頭がクラクラしてきてしまう。
「好き……かもしれないな」
「へ!?誰を!?」
「誰?いや、そのパクチー?とやらのことだが……」
「あ、ああ!そうですよね!パクチーパクチー!」
「おい、もはや叫んでいるぞ」
慌てて口を閉じて、パクチーの束を無造作に取ってカゴに突っ込む。……何やってるんだろう私。独り言に、独り笑いに、最後は独り絶叫。お店のブラックリストに入ってしまっていたらどうしよう。そそくさと逃げ出すように、次の売り場へと移動した。
最後はコーヒー選びだ。棚に綺麗に並ぶコーヒー豆の袋を見上げる。
「袋越しでも匂いってわかりますか?」
「……ああ、わかる」
「じゃあ待ってるので、好きなやつ選んでください」
ベルさんはひとつひとつの袋に鼻を近づけているのか、たまにどこかの袋がカサッと音を立てた。あぁ、今あの辺をチェックしてるんだな。クンクンしてるベルさんの姿を想像するとなんだか微笑ましくて、ニヤけそうになる口を一生懸命抑えた。
しばらくして袋の音が止み、ベルさんがそばに帰ってきた気配を感じる。
「これにする。上から二番目の右から5番目」
突然耳元で声がして、再び緊張が走る。ギクシャクしながらベルさんに言われた袋を見上げると、カサッカサッと2回音がなった。ベルさん、今、指で袋をトントンってしたのかな。……待って。耳元で声。手は棚の上方。つまり今私、ベルさんに背中側から壁ドンされている感じなのかしら?
「……っ!?」
頭の中で映像化された絵面に心臓がバクンと跳ねる。いやいやいや!何を勝手にドキドキしてるのよ私は!本当にその姿勢になってるかわかんないし!っていうか!こんな妄想して、私、変態だ!
爪先立ちしてコーヒーの袋を掴み取り、足早にレジへと向かった。ベルさんにこの混乱がバレていませんように!家までの道すがら考えていたのはそれだけだった。
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