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「……うまい」
パクチーサラダをむしゃむしゃと頬張るベルさんを目の前で眺める。
「良かった!やっぱりベルさんに来てもらって正解でした!」
「そうだな。あのコーヒーも期待が高まる」
「そうですね!食後に挽いてみましょう」
ベルさんは表情豊かなタイプではないけれど、なんとなく嬉しそうな彼に私まで嬉しくなる。これからどんどん好きな物が増えていくといいな。
「どうでした?初散歩は」
「そうだな。歩きにくいのと、意思疎通が取りにくいところを除けば悪くなかった」
「あ、私も思いました。もっと楽に話せるといいのに。そこは改善の余地ありですね」
「ああ。でもまぁ、予期せぬ収穫もあったし概ね良かったと思う」
「収穫?何のことですか?」
私の質問に無言を貫いたままベルさんはスッと立ち上がり、スタスタと私の後ろにきた。そしてテーブルに右手をつきながら、突然、耳元で囁く。
「こうすると、感情が昂るだろ?」
「うわああああ!?」
慌てて席を立って、ベルさんと距離を保つ。
「な、な、何するんですか!?そして何のことですか!?」
「さきほどの店で、たまに稚依子から薄い感情が出てくるのが見えたんだ。色々試してみて、耳元で話しかけると出てくることがわかった」
「そ、そんな実験みたいなことして……あ、まさか!コーヒーの時のあれ、わざとですね!?」
「わざとというか、確認作業だ。今も同じように出てる」
なんてことだ。隠し通せたと思っていた私の動揺は、視覚的にバレバレだったなんて。恥ずかしすぎて、地中に埋まりたい。
「お、また出てきた。なんなんだこの感情は。まだ薄くて、色の判断もつかないな」
「お、教えてあげません」
わかった風に言ってみたけど、本当は自分でもわからない。動揺?羞恥心?単なる邪な気持ち?
「もう少し続けてみれば、強い感情になって喰えるかもしれないな」
「だ、ダメ!絶対ダメ!」
両手で大きくバツサインを出して、ベルさんから距離を保つ。
「何故だ。感情を喰っていいと言ったのはそっちだろう?」
「もちろん良いですけど……無理矢理出すのはダメです!」
「……?何がダメなのか、よくわからない」
少し近づこうとするベルさん。なんだか少し楽しんでるような気もする。人の嫌がってる姿を見て楽しむなんて、初めて悪魔っぽい感じ出してきたな!
「と、とにかくダメです!なんででもです!もし無理矢理囁いたら、一週間バナナの刑にしますからね!」
大きな声で宣言しながら、自分用に買ったバナナを指差す。ベルさんは私とバナナを交互に見た後、大人しく自分の席に戻った。
「それは嫌だな」
「……や、約束ですからね」
「はいはい」
それからしばらくは、ベルさんに背後を取られないように警戒して生活しなければならなかった。そんな私の様子を『しないって言ってるのに』と頬杖をつきながら眺めるベルさん。その顔はやっぱりどこか楽しそうに見えた。
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