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花火大会が始まってから10分が経ったころアナウンスが流れた。
【ただいま上空に花火の煙が充満しております。煙が流れるまで少々お待ち下さい】とのことだった。
さっきまでとは違い二人の間に沈黙の空気が流れる。でも、気まずかったり重苦しいものではなく、むしろ落ち着く心地のいい時間だった。
気付かれないようにこっそり隣を見ると、陽くんは2本目のお団子を食べ終わりお茶を一口流し込んでいた。
「……こうしてると昔を思い出すね」
陽くんがこっちを向く気配を感じて慌てて下を向いた。髪が変になってないか気になって手櫛で前髪を直す。
「昔って?」
「僕たちが学級委員だったとき、文化祭のクラス出し物を決めるときもよくこうやって二人で話したよね」
「あったね、あのときクラスがまとまらなくて大変だったよぉ」
「出し物を決める段階でもう苦労してたもんね」
「そうだったね……ふふっ」
「どうしたの凛桜ちゃん、急に吹き出して」
「いや、クラス会前日のこと思い出しちゃって」
どんな出し物をするか決めるクラス会では司会進行は私達学級委員の役目だった。人前に出るのが苦手な陽くんの代わりに私がメインで立ち回ろうと思っていたら、前日陽くんから放課後の教室に呼び出された。
「あのときほんと笑いすぎてお腹痛かったよ。まさかクラス会の台本を書いてくるなんて思わなかったから」
「僕は割と真剣に書いたつもりだったんだけど……
「ご、ごめんね……ふふふっ。だ、だって会の流れだけならともかく初めの挨拶から終わりの挨拶まで一言一句びっちり書き出されてるんだもん」
「昔から緊張する場面だと書いちゃうんだよ、台本」
「クラス会もその台本携えて頑張ったもんね、現場の雰囲気と全然違うことバンバン喋るからこっちも大変だったよ」
「台本を優先しただけだよ。昔から融通が効かない性格なんでね」
「ざ、雑談までびっちりと書かれて、ふふっ、そりゃうまくいかないよ」
「今は流石に雑談までは書かないから……」
耳まで真っ赤にした陽くんは誤魔化すようにお茶を飲んだ。ぱっと見では真面目すぎてとっつきにくい人なんだけど、真面目もここまで度を越すと可愛いよね。
「ほ、ほら、アナウンス聞いた?再開するってさ」
「あっ陽くん話逸らしたー」
「いいから、ほら」
陽くんの指を追って目線を動かすと、その先の夜空には無数の花火が広がっていた。
「わぁ」
「すごいね」
思わず息を呑む。目の前に広がる圧巻の風景。夜なのに昼より明るい頭上は、それでも数秒後にはだんだん薄れていく。夜空の主役は役目を終えて火花の先からパラパラと私達のところへ落ちてくる。その様子が悲しげで、儚くて……でもその分すっごく綺麗だった。
ちらりと横目で陽くんを見る。陽くんは今何を考えているんだろう。私と一緒だったらうれしいなぁ。
そんなことを考えていると、陽くんが徐に口を開いた。
「すごかったね」
「うん」
「今まであんな凄いの見たことないよ」
「うん」
「とても綺麗な花びらだった」
「ん?」
花びら?私の聞き間違い?それとも何かの比喩表現?
「花より団子な僕だけど、この風景を前には団子なんか食べてる場合じゃないね」
「う、うん」
なんか、え?気のせいかな?
「御伽噺にもでてきそうだ」
「そんな御伽噺あったっけ?」
「ほら、おじいさんが灰をまく……」
「え?え?」
花咲か爺さんのこと?え、なんか変じゃない?これずっと、花火じゃなくて桜を見たときの話の流れだよね?
「はー、圧巻。これが桜吹雪ってやつだね」
「違うよ?」
なに?なにこれ?どういうこと?私達見てるもの一緒だよね!?
慌てて陽くんの方を見るが目線は合わない。陽くんは耳がまだ赤くて、頬も火照っていた。声も若干上擦ってるし、まるで何かを読んでるみたいに不自然だし……
……ん?……読んでるみたい?
「もしかして陽くん……」
「ん?なに凛桜ちゃん」
「台本、書いてきてない?」
「い、いやぁ!どうかな?」
慌てて顔を逸らしてそっぽを向く陽くん、動揺してるのか持っていたペットボトルのお茶を落っことしていた。
「やっぱり!書いてきてるでしょう!」
「落ち着こう凛桜ちゃん。君が気付くという流れにはなってないんだ」
「やっぱり台本書いてんじゃん!しかもこれ二人でお花見した時用の台本でしょ!」
夏祭りの屋台でお団子屋さん探してた時点からおかしいと思ってたんだよ!
あの春休みの日に雨で中止になったお花見の続きだよこれ!
「あっ、ほら」
ドンと大きな破裂音が聞こえる。また大きな打ち上げ花火があがった。
「ほら見て、綺麗な夜桜」
「もう桜って言ってんじゃん!?」
私の声を聞こえないふりして、陽くんは夜空を見上げる。
チグハグで噛み合わない会話、おかしな空気に一人真剣な陽くん、まるで去年のクラス会みたい。
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