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8月〈1〉里帰り、ふたりのゆうべ
「ただいま」
「おかえり、疲れたでしょ。すぐご飯にするわね」
母親は、まるで近所から帰ってきた時のように俺を出迎えた。これまでに色々やらかしたことを叱ることもなく、いつも通りの様子だ。
自室に荷物を運び入れ、座り、腕に貼られた絆創膏を剥がした。隠れていた部分は青いシミのようになっている。針を何回も刺されたことを思い出し、ため息が勝手に出てきてしまった。
ああやって身体を隅々まで調べられるのも、もう何回目になるか。健康状態には一切問題なしだそうだが、今回もさまざまな解析に使うからと数回に分けてたっぷりと血を抜かれ、正直めまいを起こしそうだった。
俺……香坂 環は、魔力を持って生まれてくるのは女性だけのこの世界でたったひとりの、魔力保有者の男性。魔術師になるために、ここから遠く離れた魔術の学校に通っている。もちろん男子学生は自分ひとりだけ。要するに、世にも珍しい『女子校に通う男子学生』だ。
解析うんぬんは、『どうしてそうなのかわからない』ということになっているからだが、その理由を知った今となっては、こんなことをして何になるのだと正直。でも仕方ない、本当のことは誰にも言ってはいけないのだから。こちらを選んだからには、一生この秘密を抱えたまま生きなければならない。
さて。大変恥ずかしいことに、色々あってヤケを起こした俺は、父親の元に逃げ数日間行方をくらませていた。
またもや色々あって帰ってきたが、そのあたりの詳しい事情は周りに知られないほうがいいと判断した友達のお母さん……いや、この国で数本の指に入る大魔術師、四宮 蓮香さんが裏で色々と動いてくれた。
表向きには、誘拐された数日後に山中で密かに保護されたものの記憶喪失になっており、その間のことは何も覚えていないということになっている。
というわけで、魔術庁の息がかかった病院で三日間の検査入院をし、先ほど実家に帰ってきた。そこでは普通の検査だけではなく……腕利きの魔術師がよってたかって記憶を呼び起こそうとしたが、すべて空振りに終わっている。
俺の頭の中に仕掛けを施した蓮香さんもやはりとんでもない腕の持ち主なようで……記憶喪失であることは確かだと太鼓判を押されることになった。
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