8月〈1〉里帰り、ふたりのゆうべ

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 目を逸らしたが、母親は全く動じていないようで、いつものようにぽやっと笑う。この笑顔で今まで何回してやられたことか。いったい何を仕掛けられるのかと身構えた。 「……今からスイカ切るけど食べる?」 「……えっ? あ、た、食べる」 「ふふ、じゃあ早くいらっしゃいね」  俺と再び目が合った母親は、そっとふすまを閉じ、鼻歌交じりで去っていく。  しまった、スイカに釣られて機嫌を直すなんてなんてあまりにも単純すぎないか。それに母親も母親だ。よりによってここでそのカードを切るなんて……やっぱり一生敵いそうにはない。俺は大きくため息をつき、立ち上がった。  ◆  場所は広縁。母親と並んで座り、共に無言でスイカをかじる。すっかり暗くなった空には満点の星が瞬き、蚊取り線香の細い煙が微かに吹く風に流れ、夜の闇に溶けていく。  スイカが盛られた皿を挟んで隣に座る母親は、言葉を出さずともわかるほどに機嫌が良いようだ。このよく冷えたスイカは、確かにものすごく甘くて美味しいが、それだけではない気が。 「嬉しいわね、環のこと好きになってくれる子がいるなんて」 「ぶっ」  言われるのは想像していたような、していなかったような。口の中に残っていたスイカの種が、庭に向かって勢いよく飛んでいった。  来年はスイカもここで収穫できるかも……じゃない、まだその話は続いていたのか。もはや何も返す気になれず、聞こえないふりをしてスイカをかじる。 「彼女が嫌じゃなければ一緒に帰ってきてもいいのよ。三人で楽しく過ごせたらいいなって思って」 「…………」  母親が何やら妄想を語り始めたが、無心にスイカにかぶりつく息子を演じる。  つまるところ、珠希さんには帰る実家がない。だから来年は一緒にここにと考えたのだが、友達を連れて帰ってくるのとはちょっと訳が違う気がする。珠希さんも息苦しいのではないのだろうか。  そのうえ、ここは学校からはとんでもなく遠いし、田舎なので目新しいものも何もない。そういう意味でもわざわざ連れてくるのは気の毒。『ないな』という結論に至ったのだ。  ……しかし、そんなことはお構いなしといった感じで、母親は歌うように言う。
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