1-2.お前にとっての貴族は、そういうのだろ。

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 振り翳された剣は、瞬時発動した防御魔法によって助かりはしたものの、男は再び剣を振り翳す。一発目がかなり重かったのか、防御魔法を再び発動しても守ってくれるとは限らないことを悟り、意味もなく腕を上げて顔を隠す。  たった10年と少し。こんなところで人生が終わるのかと思ってしまう。  やれてないことが沢山ある。思い残したことが沢山ある。沢山ありすぎて、うまく言葉にできないが、それでも沢山あることは確かで……。  顔を隠した腕の片方を地面につけて、男の足元の地面を沼らせる。  地面と水の融合魔法。  体制を崩させれば多少の隙ができる。その隙を上手く利用すれば……。利用すれば、なんだ。倒せるのか? それとも殺せるのか?  人を、俺は殺さなきゃいけないのか?  考えがごちゃごちゃして、分からなくなり、最後には頭が真っ白になる。  でも、目の前には火柱が立ち上がる。何もしていない。ただ自分は考えて頭が真っ白になっていただけで、魔法は発動させていない。 「お前のおかげで助かった」  飛ばしたディランの杖の先が男に向けられていて、火柱を生み出したのがディランだということが分かった。でも、彼は人を殺すための魔法を使ったにも関わらず、いつも通りの口調で話し始める。 「リヒト?」  ディランによって燃やされた男は、呻きながら頭を抱え、最後は倒れていく。  時間で見れば一瞬だったのかもしれない。でも、その一瞬は長くて頭が追い付かない。  今までにだって、人が死んだ姿を見てこなかったわけじゃない。  岩に潰された人間だって、刃物に刺された人間だって、首を吊った人間だって。  でも、その人間達は俺が殺したわけじゃなかった。  友人が殺したわけでもなかった。    戦争の怖さは知っていたはずだった。  それでも、目の前で人に襲われること、逆に自分が人を殺そうとしたこと。  そして、友が人を躊躇いもなく殺す姿に、心臓が大きく早く動き出し瞳に涙が溜まっていく。 「…………お前は、今みたいに自分を守っていればいい」 「は」 「あとは俺がやるから」 「な、にいって」 「俺は貴族で、お前は平民だ。こういう時こそ、貴族に全責任を押し付けて生きていけばいい」  ディランはポケットからイヤリングを取り出し、一つ渡してくる。  デザインが最悪だからつけないと言った魔法石の埋め込まれた装飾品を片耳につけて、もう一つをつけるように促してくる。  魔法石の装飾品は、魔法の手助けをしてくれる代物で。かなり高価だと言われている。かく言う自分もピアスとブレスレッドをつけている。でも、自分がつけている装飾品は魔法を使う手助けではなく、魔力制御のモノで。  イヤリングをつければ、音魔法が発動されるらしく周りの声が鮮明に聞こえてくる。  人の叫び声や呻き声。泣き声や高笑い。  大砲の音も、剣がぶつかる音も。建物が崩れていく音も。 「だってお前にとって、貴族ってそういう人間だろ?」  どこか寂しそうに言ったディランの声は、他の声に消されたからなのか、あまりにも小さかった。
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