1-1 始まりはいつだって唐突なんだ。

2/5
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 「――ト」 「リヒト!」 「……んぅ」  今にも鼓膜が破かれるのではないかと思うくらいの大きな声で耳元で叫ばれて、肩を揺らされる。目の前には黒髪ロングヘアのクロエの顔がある。ぼーっと彼女を見ていれば両肩を掴まれて声を荒げられる。  学校の裏にある小さな山の中。崖を昇って、人工的に作られた道をまっすぐ進めば、開けた場所に辿り着き誰にも邪魔されることなく、一人の時間を静かに過ごせる。リヒト・パーカーはある特定の授業をサボるのだが、その度に、誰にも邪魔されることのないこの場所で、魔法の練習に勤しんでいた。  今は木にもたれ掛かって寝ていたのだが、魔法によって壊された的が散らばっている。 「全く! こんなところで寝ているなんて有り得ないわ」 「……お前、腕」 「腕? 何?」  動かされている左腕に何故だか驚いて声に出せば、クロエは自分の腕をまじまじと見始める。  クロエは不振そうにこちらを見てくるが、俺も自分の言葉にも驚いて何も言えず彼女を見れば、視界の端に二人の男子学生がいる。  一人は同室のディラン。もう一人は二人の幼馴染のライアン。逆光で顔が見えにくいのだが、多分ディランは馬鹿にするように笑って、ライアンは心配しているだろう。  9歳で専門学校に入学してからの付き合い。3人は貴族で、俺は平民だというのに良好な関係を築き上げ、その関係は今年で3年目に突入する。 「まだ寝ぼけているみたいだぞ」 「もう! これだから何処でも寝れる平民は嫌ね」  笑っているディランの声に、クロエは平民を見下すような言葉で憐みの目を向けてくるが、こればかりは仕方がない。  金持ちの貴族はそれなりの教育を受けて、一家の代表として育てられることに対して、平民は容易に替えが効くような立場。人権はしっかりあっても、やはり貴族から見れば下等な生き物で、使い捨てされる存在。 「いや、貴族だとしても何処でも寝れるだろ」 「はぁ? ああ、そうね。あんたは何処でも寝れる野蛮人だったわ」 「平民より酷い言われようだな」 「まあまあ、二人とも。リヒト君もそろそろ起きないと日が暮れるよ」  ディランとクロエの言い争いをライアンが止めて、手を差し伸べられる。その手を掴めば立ち上がらされ、服についた土を落とされる。 「いこっか」  爽やかな笑みのライアンは、最後に俺の頭に着いた葉っぱを落として歩き出す。  その後ろをディランとクロエは口喧嘩をしながら歩く。  そんな3人の後ろ姿に何故だか、涙が零れ落ちそうになったのを必死に堪えた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!