1-2.お前にとっての貴族は、そういうのだろ。

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「リヒトは平気そうね」 「……え?」  たった数分だったが、何時間もたったような錯覚に陥っている中、クロエに声を掛けられる。ゆっくり彼女を見れば、食堂が悲惨な状況になっていた。  目の前の光景は、二次被害の後の末路なのかもしれない。  岩で潰されてしまった人間を一次被害だというのであれば、目の前の現実から逃げるために、狭い建物の中を我先にと走り出し、押し倒された者、踏みつぶされた者、頭を強く打った者が点々と存在し、兵士が介抱している。  出口と逆の位置にある窓付近にいたことで、幸い押し倒されることはなかった。  でも、そんな状況の中、俺はただ立ち尽くしていた。 「お前は、平気なのかよ」 「平気じゃないわよ。でも、私は北区出身よ? 人が死ぬのは何回も見てきているし、逃げ惑う人たちも見てきたから」  いつもより早口のクロエは少しだけ震えていて、でもその姿は逞しく見える。  国境付近で他国からの襲撃を守り、攻撃する一族であるクロエの家。人が死ぬところも、人を殺すところも、何度も見てきたと以前に聞いたことがあった。それでも、人が死ぬことにはなれない、と言っていた。  そんな彼女だからこそ、頼もしく見えたのかもしれない。 「これから、リヒトはどうする?」 「どうするって」 「避難場所に行くか、兵士と行くか」 「……え、と」  選択を迫られ、どちらに行くほうがいいのかを考える。  安全だけを考えれば避難所だが、外がどうなっているか分からないから、避難所が必ずしも安全だとは言えない。だからと言って兵士の元に行って、自分が役に立つとは思えない。 「お前はこっちだ」 「は?」 「悪いクロエ、ちょっと行く場所ある」  ない頭をフル回転させていれば、ディランに腕を掴まれ引き寄せられる。  耳から垂れたであろう血の跡が目の端に移り、驚いて固まってしまう。 「は? 何言っているの? 今がどんな状況かわかってるわけ?」 「分かっているから行くんだろ」 「いや、意味分からないから。そういう勝手な行動で、どれだけの人間の迷惑が掛かると思っているの」 「だからお前に言っているんだ」 「はあ?」 「俺だって多少は知っている。単独行動をして不明になれば、大勢の人間がそいつのために動くってことも、命を張るってことも。だからお前にっ」  響き渡るクロエのビンタにディランは頬を抑えながら彼女を睨む。  手が出やすい女子ではあったが、思い切り頬を叩くところは始めてみた。でも、目に涙が溜まっている姿も初めて見た。  貴族は人前で泣くことは許されないの、泣くとしても愛する人の腕の中か部屋の中なの、なんて以前言っていた彼女がどこか遠くに感じる。 「頭を冷やして。リヒトも、ディランの言う通りにしなくていいから」  杖を取り出し先端を向けて言い放ち、どこかに向かうために歩き始める。   「クロエは、どうするの」 「……さっきの騒動で、ライアンが頭を強く打ったの。それ見てから避難誘導の手伝いに行くわ」 「は、ライアン、大丈夫なのかよ」 「それを確認しに行くの。そこのバカの頭が冷えたら、来るといいわ」  握られた杖を強く握りすぎたことで、彼女の手は震えが止まらない。  怒りと恐怖と悲しみと。色々な感情に飲み込まれそうになりながらも、自我を保つために、必死に耐え続ける姿にこれ以上何も言えず、彼女が食堂から出ていくのを見届ける。  腕を掴んだままのディランもクロエの姿を見て舌打ちして、手を離す。
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