本編

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KP :  はじめに、こちらは必須技能に【心理学】が設定されているシナリオです。そのためこのシナリオ内では、【心理学】は好きなタイミングで好きなだけ判定申請を行なってよいものとします。度重なる判定申請に対して、ペナルティやデメリットの発生はありません。 ※木下の心理学は60以下で成功  また、このシナリオは「共に物語を書き上げる」楽しみ方ができますので、プレイヤーおよび探索者も、ぜひ自由に言葉を紡いでみてください。  あなたの言葉が、このシナリオをかたちづくるのです。 KP :  それでは、はじめてまいりましょう。  クトゥルフ神話 TRPG「本翅の彩度」    ものがたり得るあなたへ。 :  さて、私は、これから何を語ろうか。書きたいことはたくさんあるし、誰にも読まれないよう書かずにしまっておきたいものだってたくさんある。言葉は継げば継ぐほど足りなくなり、どんどん都合よく書き足していってしまう。私は一体、何を語りたいのだろう。  それでもひとつずつ、語ろうか。  きっと、本音だけは邪魔されない。  私の描写を。  私の、言葉を。 :  作家というのは難儀な生きものだ。言葉を紡ぎ、文字に書き起こし、文章を綴り、物語を織り上げる。とある作家曰く、書かずにはいられないのだと言う。とある作家曰く、書かなければ死ぬのだと言う。とある作家曰く、そうでもしないと、言葉の渦に溺れて気が狂うのだと言う。彼らは、単語の雨から肺を振り乱し、文節の細波をかきわけ、文章という命綱を撚り上げ、掴み、そうしてやっと、息を継ぐ。  彼らは、物語の洪水の中に棲んでいる。  ところで、君の知人である N もまた、作家のひとりであった。君は今日彼に招かれ、彼の自宅へ向かう折であった。 :  N という人物について少し説明しておこう。その人物は少し変わり者のきらいがある。君とどのように知り合ったのかは委細問わない。  特徴について挙げるのであれば、N は常に手帳とペンとを持ち歩いている。どのような時でも構わずに、琴線に触れる言葉があったり、或いは言葉が湧きあがったりしたならば、すぐさま書き留めてニコニコとしている。かと思えば、ジッと手帳を眺めては、泣きそうな顔でぐしゃぐしゃとページいっぱいをペン先で刺突するごとくかき回してメモ書きを消してしまう。  そんな人物だ。 :  そして君はそんな N から先日「書くのに少し行き詰まってしまって困ったので、私の気分転換のためと思って家へ招かれてくれないか」と招待を受けており、今日、訪ねることにしていたのである。 :  さて、肝心の N の著作についてだが、君は実際に読んだことがあるだろうか。もしあるのだとすれば、自由にのびのびと感想をしたためるとよい。 木下 紫蘭(こした しらん) :  学者さんはこんな世俗的なものは読まないか、と木下はたまに言われる。しかし、それは半分間違いだ。  国旗を扱う旗章学者の傍ら民俗学者でもある彼は、世界中の本を読み漁り、そこには物語も例外なく含まれる。一見現実とは乖離しているファンタジー物語でも、当時の生活様式や宗教観は現れるものだ。  しかし現代、国旗が新たに作られることは多くない。特に日本は日の丸が定着して随分と経つ。  そんなわけで木下にとってN氏の小説は、読んでおかなければ、という義務感にかられ知り合った当時の最新刊を読んだだけであった。  しかも、食事シーンが千年後の民俗学者への良い資料になると思う、という斜め上の感想を残して。 :  前後のことが分からないから物語の大筋などは頭に入っていないし、今現在はどのような作品を書いているのかよくは知らない。しかし、行き詰っているというのであれば無理に作品の話などしないほうがいいかもしれないし、気になったらその時に思い切って聞いてみるのもいいだろう。  ところで、N は家族を亡くして尚実家を畳むこともなく同じ場所に住み続けている。そのため、君はやや郊外の坂道を上った先にある一軒家を訪れることとなるだろう。名前もわからぬ雑草とも花ともつかぬ植物がアスファルトの縁をなぞるように風にそよいでおり、のどかな日差しを受けていた。  梅雨に入ってすっきりと晴れ渡ることの少ない季節となった。わずかな晴れ間を狙って出かけてくることができた君は幸運だ。雨上がりに光を受けアスファルトがキラキラと陽光を反射し、まるで水晶を散りばめたかのようだ。通りがかる民家の庭先には綺麗に整えられた大輪の紫陽花が雨粒をのせてその鮮やかな色彩を周囲に振舞っている。  そうして君は、Nの家の前に到着した。 木下 紫蘭(こした しらん) :  木下は駅からの道をゆったり歩く。道端に咲く、力強い野草を眺めながら目を細めてため息をついた。 「天候には恵まれましたが、車を出せばよかったですね…。」  つい先日のフィールドワークの後処理等々で長いことデスクに向かっていたせいか、自分で思っているよりも体力が落ちているぞ、と体が悲鳴を上げていた。  身体に鞭を打ち坂道を登りきった木下の前に、和風とも洋風ともとれる一軒家が姿を現す。指を数回折るほどには年単位の付き合いがあるが、家を訪ねるのは初めてだ。不躾に門を開け玄関扉に足を向けながら、これはいつ頃の建築物だろうか、と一瞬脳裏を掠める。  学者とはなんとも面倒なもので、新しく目に映るもの全てに何かしらの疑問を持つ。しかし今回はN氏に会いに来たのである。多少の疑問は腰を落ち着けてからでいいだろう。  ひとつ、インターホンを押した。  ふたつ、ノックをした。  みっつ、声をかけた。  そうして木下は現在、にっこりと笑顔を浮かべ、三秒に一回のペースでインターホンを押し続けている。   :  君は二度三度とインターホンを鳴らした。合間にはノックもしたしついでに声もかけている。それは人を呼び出すには十分な行動のはずであった。  しかし、肝心のNは玄関先に出て来る様子がない。家を空けるとは聞いていないがさてどうしたものだろう。  君はNの家の前で次にするべきことを考えることになる。 木下 紫蘭(こした しらん) :  呼び出しておいて良い度胸ですね、笑顔を張りつけたまま独り言ちる。このままでは埒が明かない。  木下は徐に玄関のノブに手を掛けた。 :  ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていないことがわかる。手首をひねれば、何にも阻まれることなく扉が開き、玄関の内側へと君の意識を向けさせた。  そのまま、君の眼球は N を探してさまよい、やけにぼやけてしなだれ落ちる。  君が N の家の扉を開けた瞬間、抗いがたい目眩が君を襲ったのである。まるでましろい睡魔に首から上をばくりと喰われてしまうかのような感覚。湿った真綿のかたまりを無理に飲み下させられるような感覚。頭蓋の内側にどぼどぼとシリアルとミルクを振舞われるような感覚。どんな表現とも違う意味不明の感覚が、君を一挙にまばゆい暗闇の底へ引っ張っていったのだ。  そうして、君の眼球は N を探してさまよい、やがてぼやけてしなだれ落ちた。
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