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異変
木下 紫蘭(こした しらん) : 「ほら、あんまり身を乗り出すと危ないですよ。」
木下はそう言ってNの腕を取る。存外細いものだな、と何の気なしに思った。
木下 紫蘭(こした しらん) : CCB<=86 目星 (1D100<=86) > 5 > 決定的成功/スペシャル
: Nは君に引き戻されるようにして舟の内側へ戻ってくる。つられるようにして水中へと目を向けた君の視線の先には大きな錦鯉が相も変わらず悠々と泳いでいるが、その姿は随分とやせ細ってきているように見える。
君たちが情景を描写する際に流れ出てきていた言葉は、この魚からほどけて行った文字からできているようだったからそれも当然だろう。
纏っていた文字の帯が薄くなったおおきな魚は骨がチラチラと透けて見えるほどになっている。垣間見えるその魚の骨に、何やら明確な言葉の連なりが記されていることに気づく。
間違いなく、そこに何か意味がある。そう気づいたとき、無意識に目が意味を辿ってしまうだろう。それは何やら呪文のように思えた。そして不意に、その呪文めかしたものが、まるで君を抱擁するように瞬きをしたのを見る。
KP : 【SANチェック(1/1d4)】
木下 紫蘭(こした しらん) : CCB<=72 SANチェック (1D100<=72) > 74 > 失敗
木下 紫蘭(こした しらん) : 1d4 (1D4) > 4
system : [ 木下 紫蘭(こした しらん) ] SAN : 72 → 68
木下 紫蘭(こした しらん) : 瞬間、木下は寒気を覚える。視線で捉えた"なにか"が自分を抱きしめ語りかけようとしていると、そう感じた。あれは人類が生涯出会うことのない"なにか"であると。
木下は言いようのない不安をぬぐい去るためか徐にNに語りかける。
「あの鯉の…腹の部分。呪文…のようなものが、ありませんか?」
声が震える。目が泳ぐ。手の皺を無意味に合わせる。そうしてやっと、Nを視界に入れた。
KP : s1d100 (1D100) > 97
KP : Nは考え込んでいるように見える。
木下 紫蘭(こした しらん) : 「聞こえてますか?」
Nが唐突に黙り込むことはそう珍しくもない。木下は特に気にせず、一言声をかけた。もしこの問いかけに返事がなくても訝しむことはない。
黙り込むNから視線を外し、木下はぼう、とまた魚を眺める。
: 「あ、あぁ……すまない、聞こえているよ。ちょっと……」
Nは目の前の魚から視線を動かさないまま続ける。
「あの魚、スカスカになってきたことで1文がよく見えるようになってきた。そして見覚えがあることに気づいてしまった。あの子が纏っているのは、どうやら私が書いては消してを繰り返した……推敲の末、消してしまった文章の寄り集まりだ。君の見たという、呪文……?というのも、もしかしたら……。」
違う。ちがう違う。
私は消えてなんかいない。
木下 紫蘭(こした しらん) : 「…なるほど。彼らはあなたの言葉でしたか。」
大袈裟な言い方をすれば、あの言葉の群れは迷子の幼子だ、と木下は思う。生み出され、世に出されぬまま、存在の意義を見失った哀れな迷子だと。
無遠慮な言い方をしてしまえば、選考から零れ落ちた言葉たちなのだろう。作品には不相応だとNに判断された言葉たち。
だからこそ、親に自分を拾い上げて欲しいのだろうか。もう一度見つめて欲しいのだろうか。
必要と、されたいのだろうか。
「しかしそれで納得はいきましたよ。」
木下は態とらしく息を吐き、彼の魚を見つめながら呟く。
木下 紫蘭(こした しらん) : 「だからこそ、こんなに美しい。」
気のせいか、目頭が少しだけジンと痛んだ。
: 「ありがとう……そんな風に言ってもらえれば、言葉を重ねた甲斐がある。だがその熱心さが、困ったことを引き起こしてもいる。言葉を紡ぎ、情景を重ね、すっかり語り切ってあの魚が纏うものが無くなってしまったら、一体どうなるだろう。ものが足りない世界はもう、ものが足り得ようとしている。」
Nは中が透けて見えるようになった、おおきな魚を見下ろしながら笑った。
「いやいや。笑えないよ、これは。」
木下 紫蘭(こした しらん) : 「あなたが物語を生み出す限りあの魚はまたあなたの言葉で育つでしょうし、魚を構成していたものが解き放たれただけで失くなったわけでもない。もしかして、あの魚を使い切ったらここから出していただけるのでは?」
次がもしあればNの作家仲間でも呼んだ方があの魚も嬉しいだろうか、と木下はふと思う。上手く使ってあげられなくてすみません、と心の中で謝った。
: 「そう……そうなんだよ、解き放たれ、この空間に満ちている。事態はもう少しだけ深刻だ。このままでは帰れなくなるよ。」
「だって、」Nが唇を開きかけたその時、ざぁっと音がして激しく大きな錦鯉の姿をした魚がのたくった。薄く言葉の帯を纏わせたそれはボロボロの繭のようにも見える。
大きく舟が揺れて、ちいさな魚のいくつかは舞い上げられ、その言葉の繭にしたたかにぶつかりぐったりとする。Nは困ったように舟の外を見やって、杞憂だといいけれど、と呟いた。
木下 紫蘭(こした しらん) : 「『だって』、なんですか?」
木下の顔が歪む。眉間に皺を寄せ、打ち付けられた力ない魚を見遣り目を瞑る。
「そうやって気になる言い回しをされるのはあまり好きじゃありませんね。」
: 「それについて、私も同感だけれど。……分かるかい、なにかおかし」Nと相対しながら、君の舌から花ひらく言葉は君にどう映るだろうか。もしくは、Nの咽喉から花さく言葉は君をどうとらえるだろうか。今ここにある全ては君たちの中から溢れてきた言葉たちを編み込んだもので、それらは何もかも、君たちのためにあり、君たち自身でもある。
「………。」
Nは続きをそれ以上話すことができない。
話すことはできない。
KP : <目星>また<聞き耳>
どちらかを選ぶことができる。
木下 紫蘭(こした しらん) : CCB<=86 目星 (1D100<=86) > 78 > 成功
: 空気の密度が増しているような気がする。感覚で言えば湿気が多い時の感じと似ていると言えるだろうか。
よく目を凝らして見れば、ぼんやりと空気中を漂う陽炎のような文字が満ちてきている。徐々に視線を上げてみれば、薄く言葉を纏った空気の被膜が空を覆い、ドーム状になっていることに気づくだろう。
この世界は綴じられようとしている。
木下 紫蘭(こした しらん) : ───そういえば、木下の周りには『言葉を発しない』ということを得意とする者がいる。それは(多少の例外はあれど)ほとんどの場合文字書きだ。そうした者たちの武器は文字通り『文字』である。学者であれば論文であったり、其れ以外であれば文学やエッセイ、新聞やSNS。部分的ではあるが漫画なんかも該当するだろう。おそらくではあるが人類は現在、文字を持つ地球上唯一の生命である。
であるならば、Nが語れないと言うのならば、そうして語り合えば良いのではないか。
そうひとり結論を出した木下はNの目をじいと見つめた。『僕は帰りたい。』そう言外に。なにしろ明日は彼が随分と楽しみにしていたフィールドワークの日なのだから。
思いつきのさえずりが形を持つこの空間も大変面白いと思ってはいる。しかし木下は人類の生を、営みを、それに付随し多方向に産まれていく何某を愛していた。それについて言えば此処には迷い込んだ人間が紡ぐ言葉以外なにもない。木下が愛する世界はおそらく、此処に生まれ、根付くことはない。
それにしてもNも帰りたいようだ、と木下は感じた。いや、まあ独特の世界を持っている風変わりな作家といえども、その言葉は届く先を探しているのだから当たり前か、と。
作家とは難儀な生き物だ。
「さて、どうしたらいいんでしょうねえ。」
何の気なしに振る舞い、ぽつりと呟く。
ところでNは解決策を知っているのだろうか。
KP : s1d100 (1D100) > 44
KP : Nは少しだけ泣き出しそうな顔をしている、とあなたは感じる。何かに抗うようなしぐさをしようにも、まるで無理に押さえつけられているような印象を受ける。
KP : 言おうにも、言えないのかもしれない。
: 君たちの語った情景は活き活きと空間を彩り、勢いづき、各々が自らの名前を掲げるようにして四肢を伸ばし始める。
: にわか雨よろしくしなだれる風鈴、
: がこりとひっくり返るバケツ、
: さざめく下駄、
: なみなみ注がれる言葉が、
: いよいよ溢れて君の周囲を彩っていく。
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