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前提
そらは運転手に行き先を告げ、タクシーの後部座席に沈み込む。
「あんなに長引くと思わなかった…」
流れ始めた街路樹を、見るともなく見ながら呟いた。ビルの隙間から、気の早い月が輝き始めていた。
「…疲れた…」
予定より割かれた打ち合わせは、今になってドッと疲れを運んできた。
歳?
最近、自分が周囲の熱意に追い付けてない気がする。
ふと脳裏に、藁科さんが浮かんだ。
彼女はイベントに度々入ってくれるバイトさん。瑞々しい肌と、手入れされた爪や髪。若くて綺麗な女子大生、将来はアナウンサー志望って言ってたっけ。
自分にだって夢と希望に満ち溢れ、寝る間を惜しんでいた頃があった。そこから様々なモノを取捨選択し、今に至っている。
「…帰りたくないな」
そらは、そっと目を閉じた。
タクシーがSKYデザイン事務所に到着した時、既に屋内の灯りは消えていた。皆明日に向け、早く帰宅したのだろう。
明日は展示会だ。
設営や搬入の手配は確認済み、と彬から報告が来ていた。だから安心して別件に専念できた。
精算し、両手一杯の荷物と共に降りる。こんな時、キャッシュレスや生体認証錠は有難い。
セキュリティ解除の電子音が鳴るや否や、抱えてた荷物を早く置こうと室内に入る。玄関脇のメインスイッチを肩で押すと、フロアが一斉点灯した。
すると、真っ暗だった奥のミーティングルームの方から、ガタガタと音がした。
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