私のお父さんは怪獣退治がお仕事です、許せません

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 千葉県北西部の、ある小学校で。  授業参観の日、小学五年生の秋吉(あきよし)すばるは、担任からの指名を受けて立ち上がった。  教室中の視線を受け止めながら、すばるは胸を張って、課題である作文を読み上げる。  テーマは「家族へ向けて」だった。 「私のお父さんは怪獣退治がお仕事です。とっても許せません」  しかめっ面で、第一声から野太い声を出すすばるに、クラスメイトも、教室の後ろにひしめいた父兄もざわつく。  だがその中に、すばるの両親はどちらもいなかった。 ■  参観日の、一週間前の朝。 「なーなーすばる。今度授業参観だろ? 父さん行くからな!」 「え。いいよ来なくて」 「な、なんでだよ。ほかの子たちの親でも、父親が来ることくらい珍しくないだろ?」 「え、いやだって、そう言って来たためしないじゃん」 「うぐぅっ!?」  娘のつれない返事に、三十代前半の秋吉アキミツは、漫画のようにがくりと肩をコケさせた。  筋肉質な体に茶髪のソフトモヒカンは、初対面の人間によくいかつい印象を与えるが、娘相手ではしじゅう形無しだった。 「い、行くよ! 今回は、日本防衛隊の上官にも許可とってるんだ。ほら、卒園式も入学式も、父さん怪獣と戦ってて行けなかったろ? だからさ」  すばるは自分で焼いたトーストにレモンカードを薄く塗りながら、父を見向きもせずに答える。 「そんなこと言ったって、日本で巨大化して怪獣と戦えるの、お父さんだけなんでしょ? いつか後継者が現れるかもって言いながら、中学生のときから二十年近く一人でやってるって有名じゃん」 「そ、そうなんだよなー。海外なら巨大化できるやつはちらほらいるんだけど、それでも光線まで出せるやつはあんまりいなくてさー、わざわざ日本には呼びづらいんだよ。父さんがやらないと自衛隊の人たちも大変だし」 「お父さんが出て行って一人でなんとかしちゃうから、日本防衛隊って結局予算が増えなくて、自衛隊におんぶにだっこっていうのも聞き飽きた」  巨大化ヒーローアキミツマンは、日本どころか世界に知らない者のいないベテランヒーローだった。  戦闘力、判断力、継戦能力においては地球においてトップクラスであり、おまけに光線発射に高速飛行能力まで兼ね備えている彼のようなヒーローは、現代にに五人といない。  そのアキミツが、半べそをかきながら合掌する。 「だからあ、怪獣さえ出てこなければ! いや、多少の怪獣が出ても、防衛隊と自衛隊で相手できる程度のやつなら! 授業参観の時間くらいとれるからさあ!」 「……別に私に頼み込まなくても、来たければ来ればいいじゃん。それより、クラスメイトのおばさんたちに囲まれてもへらへらしないでよね」 「へ、へらへらなんていつもしてないだろ! ただほら父さん完全に顔知れてるし人気者だから、ちょっとくらい愛想をだな」 「とにかく、有名人が親なのって恥ずかしいんだから! 普通に来てよ、普通に!」  思わず、すばるがちらりと、部屋の仏壇に視線をやる。  しまった、と思った時には、父の半べそが泣きべそに変わっていた。 「うう……やっぱり、母さんがいればと思うよな、こんなとき。ミユキは、幼馴染の父さんをいつも助けてくれた、最高の女性だったよ……ミユキがいなければ、父さんはとっくにヒーローなんて続けられなくなってやめてた」  遺影の中のロングヘアの女性は、幸せそうな笑顔をこちらに向けている。  その腕の中には、まだ首も座っていない幼いすばるが眠っていた。  食事を終えたすばるが、食器を流しへ持って行く。 「うん。……お母さんが死んじゃったとき、お父さんがずいぶん、落ち込んだのは知ってる」 「もちろんだよお。今や、父さんの生きる希望はすばるだけだよお。娘の晴れ姿を見ずして、ヒーローなんかできるかよお」  本格的に泣き出しそうになった父に、すばるは洗った食器をゆすぎながら、 「授業参観て晴れ姿かなあ……」  と冷静に突っ込む。 「というわけで楽しみにしてくれ」 「なに一つ特に楽しみではないけど」 「ヒーロー魂にかけて、絶対だ! 父さんは絶対に授業参観に行くからな!」 ■
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