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「やめとけよ」  背後からそんな声をかけられ、僕はゆっくり振り向いた。七月の夕陽に照らされた歩道橋の上、欄干に肘をつく僕を、小柄な老人がにらんでいる。 「寝覚めが悪いからさ、自殺なら他所(よそ)でやってくれ」 「え……っ」  やだなぁ、車の流れを見ていただけですよ。知り合いになら、そう言って愛想笑いもできたけど。見知らぬ人ににこやかに対応できるほど、僕はコミュ強じゃない。 「誤解です」  それだけ告げて逃げようと思った。おせっかいで話が長い、僕は年寄りという存在が苦手だ。なのにその人は白髪頭をかきながら片方の口の端を上げ、さらに僕に話しかけてきた。 「あんちゃん、なんか悩みでもあんのか?」 「……いえ」 「まぁ、そりゃあるよなぁ、その制服、富士見丘中学(フジチュー)だろ? シシュンキってやつだもんなぁ」  思春期。その発音に、なんだかバカにされたような気がした。どうせ、ですよ。そう吐き捨てたい衝動を押し込め、学生鞄の持ち手をグッと握る。  変な人かもしれない……関わらずに去った方がいいよな。そう考えて目を泳がせた僕の視界から、老人が突然消えた。驚いて目を戻すと、彼は歩道橋の床に膝をつき、前屈みになって胸を押さえている。 「え、ちょ、なに」 「ううう゛……」 「誰か……っ」
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