自粛生活

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 圭悟の家を後にすると、外は薄暗くなっていた。  僕は混乱していた。もう圭悟と終わりかもしれないという恐怖、でも間違いであってほしいという一縷(いちる)の望みの狭間で。  朦朧(もうろう)とした頭を運転にだけ集中させて、どうにか家にたどり着いた。 「遅かったわね。ご飯できてるわよ」  母が怪訝(けげん)そうな顔をしている。 「うん、ちょっと急用。まだ電話しないといけないから」  僕は自室へ駆け込んだ。  息が荒い。心臓がバクバクしている。  何度も深呼吸する。  電話する指先が震える。 「…もしもし」 「よう、おまえか。故郷はどう?」 「…いいよ。おまえも来いよ」 「当分無理だよ。このご時世じゃ」 「じゃ、そっちで飲みに行こうよ」 「それもまだ無理じゃねえの?」 「飲もうよ」 「おい、おい、無理だろ」 「会えないのか?」 「まあ当分な」 「当分って、一年?三年?いや十年?」 「わかんねえよ。当分は当分だ。どうした、今日変だぞ」 「おまえのお母さんに偶然会って、…聞いたよ」 「…えっ」 「圭悟、おまえ…」  後の言葉がなかなか出てこない。 「おまえ…、亡くなったって。焼香もした。…本当かよ」 「…そうか。それなら仕方ないな。その通りだ」  抑えていた心が弾け、僕の目に涙が(にじ)んだ。 「俺が死んだのを知られると、交信できなくなるから、本当のこと言わなかった」  僕の目から涙があふれてきた。 「こっちの世界も悪くないぞ。テレビのようなモニターから地球の情勢がわかるんだぜ。自粛生活の頃と変わらないよ。俺も死んでいるのが信じられないくらいだ」  僕は泣くことしかできなかった。 「俺が死んだこと、誰にも言わないでくれよな。俺の家族にも口止め頼む」 「…わかった」  僕は声を絞り出した。 「そんなに悲しまないでくれよ。俺も悲しくなるからさ」 「知らなければ良かった。そうすればおまえともっとおしゃべりできたのに」 「遅かれ早かれ、…この日は来る」 「もう会ったり話したりできないのか?」 「何十年後かに会えるよ」 「まだまだ先の話だな」 「あっという間だ」 「そうかな。淋しいよ」 「俺だってそうだよ。でも俺はこっちで楽しくやってるから。おまえも楽しんで生きてくれよ。母親にもそう言っておいてくれ」 「…うん」 「俺の分まで長生きしろよ」 「おまえが(しび)れを切らすまで、長生きしてやろうじゃないの」 「ハハハ、その心意気だ。あ、もうそろそろ時間だ。おまえらのこと、こっから見守ってるよ。また会えるから。それまで達者でな」 「わかった。じゃあ、また会おう」
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