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こんにちは、美奈子さん。
お加減はどう? 今日の夕方に出産予定なのよね。
すごいのね、無痛分娩の計画出産って。まあ、近所のおばさま方には不評だけど気にすることないわ。産むのは貴女なのだから。赤ちゃんが無事ならね。
フフッ、私もあちらと同年代の五十路だけどね。
あら、ありがとう。三十歳の貴女に褒めてもらえて嬉しいわ。
お名前は決まったの?
へえ、『希望』と書いて『ユミト』ちゃん。トルコ語? お好きなの? あ、そういうわけじゃないのね。
でも素敵な響き。……気に入ったわ。
ねえ、美奈子さん。
希望ちゃんが産まれる前に、話があるの。
貴女、いつか私に尋ねたわね。
『どうしてこんなに親切にしてくれるんですか』って。
確かに、この町に引っ越してきた貴女たち夫婦を、私は色々と手助けしたわ。
年寄りだらけの田舎町、年若い余所者にはどうしても当たりがキツくなる。
貴女たちが町に溶け込めるよう尽力したわね。
そして貴女たちは、ここで子を産み育てる決意をした……不妊治療は大変だったでしょう。いつも私が車を出して、病院に付き添ったから知っているわ。
でもね。すべて理由があるの。
ねえ、美奈子さん。
私、十年前から貴女のことを知っていたのよ。
貴女がK県で痴漢をでっち上げて、善良な会社員を飛び込み自殺に追い込んだ十年前から、ね。
……ええ、そうよ。
その会社員は、私の夫なの。
私はショックで、長年の治療でやっと授かった子すら喪ってしまったわ。
違うわ。
謝罪なんて求めてない。
ただ、返してほしいだけなの。
私と夫の子どもを。
すごいのね、今の冷凍技術って。二十年前の精子と卵子でもちゃんと受精できた。
すごいのね、経済的に困窮した医者って。お金を積んだらホイホイと『入れ替えて』くれたわ。
さあ、早く産んで頂戴。
終わったら貴女は死んでいいわ。
安心して。その子は私の残りの人生をかけて育てるから。
それだけを想って、この十年耐えてきたのよ。
早く会いたいわ、希望ちゃん。
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