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勉一が町長となり、二ヶ月が経ったとき、彼は自らの支持者を事務所に集め、唐突に切り出した。
「この町を発展させるには、目玉となるものがないですよね。町には田畑ばかりで、観光施設の一つもない。だから逆にそれを利用しましょう。この町の農作物をブランド化して売り出すんですよ。観光に来てもらえなくたって、今やネット通販やふるさと納税で農作物は売れる時代です。筆頭に米、次に果物、そして腐りにくい根菜をブランドものとして売っていく。では、それには何が必要か。つまり、ネットニュースに取り上げられるような、奇抜なゆるキャラだと僕は思います」
そして勉一は自らが描いたイラストを見せた。頭が猫、胴体がペンギン、足は網タイツを穿いた女性を思わせる、何の生き物か分からないモンスター。その絵を見た者の口からは「うわあ……」と引いたような声が漏れた。
「これが我が叉内町の公式キャラクター。その名も『ゆる・さない君』です。これは色々な意味を込めたんですよ。犯罪を許さない。薬物を許さない。不正を許さない。いじめを許さない。だけど、この子はお人好しで最後は結局許しちゃう。ちょっとお茶目でキュートなキャラクターだと思いませんか。そしてこのシュールなルックスは、絶対に受けると思うんですよね」
胸を張った彼は、手許にあったA4用紙を手に取った。
「それでですね、勝手に選定させていただきました。今からお名前を呼ぶので、その方は実行委員会の仕事を手伝ってください。まず、長谷川さん。あなたは実行委員長です。次に鈴本さん。あなたは実行副委員長です。ここからは幹部として四名、その後に実行委員を十名決めていきます。簡単に片手間でできる仕事ですので、快く引き受けちゃってください」
名前を呼ばれた十六名は「まいったなあ」という顔をした。とは言え、ここで断ると町で孤立しかねない。逆にこのプロジェクトを成功させれば一段高い場所へ行けるかも知れない。
とは言え……、『ゆる・さない君』か。
このゆるキャラは、確かに奇抜だから、ネットニュースには載るだろう。笑われることは必至だが、町の知名度向上にはつながる。県民ですら町名を知っているかどうか定かではない叉内町が有名になるのは決して悪いことではない。
それはそうなのだが、気乗りはしない。無論、農作物が売れてくれれば御の字だし、収入アップにもなるはずだ。しかしその農作物を発送するとき、この『ゆる・さない君』のシールを貼ったり、これがプリントされた段ボールを使ったりするのか。何事にも犠牲はつきものと言うが、何と言うか、こっ恥ずかしい気持ちになるんじゃないか。そういうことにも慣れていくのが、大人になるってことなのか。
支持者の憂いとは対照的に、勉一は、さも嬉しそうに声を高くして言った。
「すでにデザイン会社には発注してあるので、近日中に正式なイラストが完成します。着ぐるみの制作も同時に依頼してあるので、来月にはお披露目できるかなあって感じです。そこから一気にプロジェクトが動きますから、皆さんは良い農作物を作ってください。もうウハウハになる未来しか想像できないでしょう。僕を信じてついてきてくださいね」
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