《起承》

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 そして八月某日、()(ない)(まち)の町役場に、かなりメジャーなメディアのライターが、カメラマンを連れて取材にやって来た。  勉一は町長として彼らに経緯を説明し、しばらくして着ぐるみの『ゆる・さない君』と写真撮影を行うこととなった。  そこで勉一は、ふと疑問に思った。それを場に隣席している女性職員に訊ねた。 「ねえ、()(がわ)さん。『ゆる・さない君』の中には誰が入っているんですか?」  町民の誰かだろうことは推察できるけれども、後でお礼を言うためにも、いわゆる「中の人」の名前を聞いておきたかったのだ。しかし女性職員の賀川は、すこぶる困った顔をした。 「……町長、ちょっとお耳を」  彼女はライターの前にも関わらず、こそっと耳打ちをした。 (大変申し上げにくいのですが、『ゆる・さない君』の中の人を募集したところ、恥ずかしいから嫌だという意見しかなくて……。ようやく一人見つけたんですが、名前や顔を明かすことは絶対に嫌だって言われてしまって。ある女性が匿名で引き受けてくれたんです。仕事があるときは必ず参加してくれるそうですから、あまり詮索なさらないようにお願いします。本当に手広く声をかけて、ようやく見つけたのがこの方なので、気を悪くさせたらいけません)  言って、賀川はスッと身体を離し、ライターに一礼してから、姿勢よい直立となった。 「そうですか、分かりました」  勉一はそう言って頷き、ライターに笑顔を向けた。 「失礼しました。町の秘密に関わる件だったので、ご無礼どうかお許しください。それでは写真撮影にしましょうか。ポーズを指示してください。ご期待に沿える写真が撮れますように、こちらも全力の笑顔でいきますね」  その後、賀川が別の職員に合図を送ると、役場の一部屋から、着ぐるみの『ゆる・さない君』が現れた。顔は猫、胴体はペンギン、そして網タイツを穿いた脚。颯爽と歩くしなやかな脚のラインは、美しい女性を想起させ、勉一の性欲をそそるほど艶めかしかった。
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