《起承》

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 ハンカチを受け取った勉一は「ありがとうございます」と言った。「洗って返しますね。しっかり漂白もするので、安心してください」  すると賀川は、くすっと笑った。 「洗わせて漂白もさせる、といった方が正しいんじゃないですか? 洗濯するのは奥様でしょう。失礼ながら、町長は家事全般苦手そうですし」  勉一は「いやあ」と言いながらフフッと笑った。 「ゴミ出しと風呂掃除と洗濯は僕の仕事なんですよ。妻は妻で、色々忙しいですから。支持者の方々に対してたくさんのことをやってくれています。頭が下がる思いなので、自分からその三つをやると申し出たんです。今の時代は夫婦でちゃんと分け合わなきゃ。たまに料理も作るんですよ。まあ、下手くそで美味しくないですけどね」  ハンカチで汗を拭き、勉一はあることに気づいた。 「賀川さんのハンカチ、賀川さんと同じ匂いがしますね。これ、香水ですか? あ、変な意味じゃないんです、セクハラでもないです。ただ良い匂いだなあって思って。それとも(こう)(たぐい)かな。清涼感があって夏らしい香りですね」  言うと、賀川はうれしそうに目を細めた。 「コロンです。香水は私的にちょっときついので。温度によって匂いが変わるんですよ。しばらく屋外にいると、匂いが少し変化します。これだけ暑いとすぐに変わりますから、ほんの少し雑談しませんか? 二、三分もかからないと思いますから」  賀川は二十五歳だと聞いていた。まだ初々しさがあり、とても可愛らしく笑う女性である。特別な感情を(いだ)くわけではないが、年下の女性と話すのは男にとって楽しいものだ。勉一はその申し出を快く引き受けた。  熱風とも呼ぶべき熱い風が、二人のあいだを吹き抜けていく。アスファルトの照り返しもまるで鉄板の上で焼かれているかのようだ。それでも互いに頬を伝う汗に笑い、他愛もない雑談に花を咲かせた。主な話題は『ゆる・さない君』の反応がどうか、ということだったが、これについて自信がある勉一と、かなり好意的に考えている若い賀川はウマが合った。わずか十分ほどの立ち話。賀川とハンカチから感じ取れる匂いは、彼女が言うようにより爽やかに変化していた。
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