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ヤマノカミ
ヤマノカミは憂えていた。長きに渡り見守ってきた麓の村に、邪教がはびこり始めたからだ。それは人心を惑わし、弱みに付け込み、搾取する。神を信じた者を幸せにするどころか、不幸のどん底に突き落としてしまうのだ。始末が悪いのは、本人たちはまったくそのことに気づかないと言うことだった。
神々の末席に名を連ねるものとして、ヤマノカミはそれを見過ごすわけにはいかなかった。神の名を騙り人を欺く行為は許されざることなのだ。ならば罰を与えねばなるまい。そう考えたヤマノカミは、邪教の指導者に目をつけた。彼をこの世から抹殺すれば、これ以上邪教が広まることもなくなり一石二鳥ではないか。
だがヤマノカミ自ら手を下すことは躊躇われた。人の世で起きたことはなるべく人の手で解決することが望ましと常々思っていたからだ。そこで目に留まったのが一人の青年だった。彼は母親が入信したことで、邪教に恨みを抱いていた。ヤマノカミは彼の夢枕に立ち、教祖に罰を与えるよう啓示を与えたのだ。
青年はすぐに動き出した。近在の村から情報を集め手製の銃を作り上げた。それで指導者を殺そうというのだ。
ところがその後青年は思わぬ行動に出た。民衆の前で弁舌を振るっていた村の長を銃撃したのだ。村長は命を落とし、青年は役人に捕らえられた。村長は過去に邪教の指導者を賞賛するかのような発言をしていた。青年の行動はそれを逆恨みしてのことだった。
想定外の者の命を奪ってしまったと猛省するヤマノカミだったが、その事件をきっかけに、人々の関心は邪教へと向けられるようになった。結果、邪教はいかに危険で、いかに卑劣で、いかに欺瞞に満ちた組織であるのか、詳らかにされた。その本質に気付いた民衆は、これで二度と邪教に絡めとられることもないだろうと、ヤマノカミは胸を撫で下ろした。
だが、ことはヤマノカミの思うようには進まなかった。時が経つにつれ、そのことが人々の話題に上がることは少なくなっていった。同時に役人の多くは青年を狂人扱いした上で侠気の果ての蛮行だったと断定し、ことの本質を摩り替えようとした。そうするうちに邪教はその名称を密かに変更し、その負の記憶は徐々に人々の記憶から消えていった。結果、看板こそ違え邪教は以前と変らぬ活動を続けることになった。
この様子を見守っていたヤマノカミは愕然となった。人はなんと忘れやすい生き物なのか。いや、むしろ今回の場合は、敢えて忘れよう、忘れさせようとする力が働いているかに思えた。これは恐らく、この邪教は目に見えるところだけではなく、水面下であらゆる人の心に深く浸透しているせいなのだ。
この村はもはや救いようがない。絶望したヤマノカミは神々の世界へと姿を消した。
こうして、村には偽りの神しか存在しなくなった。
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