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目覚めた少年
一人の少年が草原で横たわっていた。
「う、う~ん」
少年は不意に目を覚ますと上半身を起こした。
”ここはどこだろう?”
あたりを見回した少年は、見覚えのない風景に呆然とした。
「………。」
草原の上を爽やかな風が吹き抜けていく、空を見上げると雲一つない青空。その深い大空を一羽の鳥が悠々と滑空している
気持ちのいい場所だが、少年はすぐに妙な違和感を感じた。
”なんだろう?違う、ここは僕が元いた場所じゃない、違う世界だ”
少年は漠然とそう感じた。
「でも……その前に、僕は誰だ?」
彼はその時、自分の名前すらも思い出せないことに気が付いた。
周囲にはなだらかな丘陵地帯が広がり、遥か遠くに中世の城のようなものが見える。
近くには、馬車の轍がありその城まで続いているようだった。
「とりあえず、人がいるところまで……歩いてみよう」
少年はその城に向かって歩き始めた。
しかし近くに見えた城は思ったよりも遠くにあり、歩き疲れた少年はノドの乾きを覚えた。
少年は白いシャツに黒いズボン。他には何も身に着けていないし、荷物も何一つ持っていなかった。
「ノドが乾いたな……少し、休もう……」
少年は近くにあった小さな岩場に腰を降ろした。
「どうなってるんだ? 誰も歩いていないなんて……」
その時突然、上空から黒い大きな影が彼を襲った。鋭い爪が、背中をかすめてシャツの一部が切り裂かれる。
「うわ~!!」
少年はとっさに地面を転がってその攻撃をまぬがれた。どうやらさっきまで空を旋回していた鳥に獲物と思われ襲われたようだ。
再び上昇したこの大きな鳥の羽ばたきで猛烈な風が吹き、少年は吹き飛ばされ勢いよく地面を転がり回った。
「はぁはぁ……近くでみると、とんでもない大きさじゃないか!」
少年は岩陰に身を隠すと、再び上空を旋回する鳥を目で追った。その鳥は再び襲うタイミングを図っているように見えた。
「どうしよう? ここにいたらまた襲われる 逃げなきゃ!」
少年は意を決して、少し離れた大木に向かって走り出した。
しかし、大きな鳥はその動きを見逃さず急降下で少年に襲い掛かった。空から舞い降りた鳥の影が少年に覆いかぶさるようにみるみる大きくなる。
”もうダメだ”
そう思った瞬間、鳥の断末魔が草原に響き渡った。
「ギュエ~!!」
直後に少年の目の前に、羽を折った巨大な鳥が落ちてきた。砂煙を上げて横たわるその鳥の目には深々と矢が刺さっている。
「死んでる……た、助かったのか?」
息を吐いた少年の目の前で、巨大な鳥の体が光の粒子となってが舞い上がり、再び結晶のように集まると淡い緑色の石に変わった。
「……なんだこれ? どうなってるんだ?」
少年は恐る恐る、その石を拾った。
「おいっ! そいつは俺の獲物だ、魔石をよこせ」
不意に背後から声を掛けられ、驚いた少年は振り返った。そこには、皮鎧に身を包んだ精悍な男が弓を構えていた。
「え? 魔石?」
「その魔石は、仕留めた俺のもんだって言ってるんだ!」
短く髪を刈り込んだその男は、矢じりの先を少年に向けた。
明らかに機嫌が悪くなっていく男。身の危険を感じた少年は手の中で輝く石を男に差し出した。
乱暴に少年から石を奪い取った男は、その石を親指と人差し指でつかむと空にかざした。
透き通ったライトグリーンの石は 太陽の光をキラキラと反射させ眩い輝きを放っている。
「お~これは中々いい魔石だ! さすがロック鳥だな! 500ゴールドにはなるだろう」
「……あなたは、誰ですか?」
「誰かって? 俺は『孤高のハンター』冒険者のフライ様だ」
良い石を見つけて機嫌が良くなった男は、笑みを浮かべながら答えた。
「っていうか、お前は何もんだ? こんな所で丸腰とは命知らずなのか、馬鹿なのかどっちだ?」
「僕は……実は……何も覚えていないんです」
「何も覚えてないだと? 名前は?」
「名前も、どこから来たのかも、ここはどこかも全くわからないんです」
「……そうか、お前、新しい”プレイヤー”だな?」
「プレイヤー?」
「そうだ、どこからかこの世界へ飛ばされて来た者達のことだ。”プレイヤー”は記憶を消されてこの世界にやってくる。この俺やお前のようにな」
男はそういうと武器をしまった。
「別世界から来た……”プレイヤー”……あなたもそうなんですか?」
「そうだ、他にも大勢いる」
「どうやったら戻れるんです。元の世界に」
「それが分かれば、1年もここにいるはずないだろ」
「……1年も」
「まずはシャーロット城に向かう事だな。そこの冒険者ギルドって所に行きな。そこへ行けば詳しく教えてくれる奴がいるはずだ……」
フライはそういうと、城を指さした。
「道なりに行けば、魔物には遭遇しにくいはずだ。しかし空には気を付けろ。さっきみたいに突然襲って来る奴もいるからな」
どうやら一緒には来てくれないようだ。少年は少しガッカリしながらシャーロット城を見つめた。
「これは餞別だ取っとけ。いい値になるはずだ」
フライはそういうと、先程の魔石を少年に放り投げた。
「あ、ありがとう。フライさん」
「命を大事にしな」
そういうと『孤高のハンター』フライは、振り向きもせず去っていった。
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