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ジャック・ラビット・スリム
酒場には、腰に剣を刺した戦士の男や皮鎧に身を包んだ盗賊風の男。長いローブをまとった男か女か分からない魔術師等々、冒険者と呼ばれる者たちが大騒ぎをしていた。
少年は下を向き、誰とも視線を合わせないようにしながら奥へ向かった。
酒場の中のテーブルの間を歩いていると、好奇の目で見られているのを感じ少年は無意識に早足になる。
「なんだこの汚いガキは?」
すると客の1人が、いきなり通路に足を出してきた。少年は避けることが出来ずにその足につまづいて転んでしまった。
「あっ!?」
その拍子にポケットの中の魔石が床に転がった。コロコロと転がった魔石は、通路の先にいる大男の靴に当たって止まった。
その大男は魔石を拾い上げると驚いた様子で少年を見た。
「おいっ! 見ろよこの大きな魔石を……」
大きな斧を背中に背負った髭ずらのその男は、何度も魔石を見直した。
「多分、500ゴールドは下らねえぜ 。おい、ガキ! これをどこで手に入れた?」
「……くッ!返せ……」
少年の言葉は、膝を思い切り床にぶつけた痛みで声にならなかった。
先程、少年の足を引っかけた男が近づいて来て耳打ちした。
「悪いことは言わねえブロディを怒らせないほうがいい、あいつは昨日も酒場で暴れて1人病院送りにしてるんだ……」
「僕が……もらったんだ……」
少年はそう言い返すのが精一杯だった。
「もらった? 誰に? 何でお前にこんな良い石をくれるんだ?」
ブロディは意地の悪い顔をしながら、少年を問い詰めた。
「……お前に関係ないだろ…」
「なんだと? もういっぺん言ってみろ」
ブロディの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
その時、奥のカウンターからドカドカと大きな足音がこちらに向かってくるのが分かった。
「おい、止めねえかブロディ! 魔石をそいつに返してやれ」
止めたのは、この酒場の店主であるジャックだった。筋肉隆々のその体は、それだけで威圧感があった。
「店を出禁にするぞ」
「ちっ! ジャックか。分かった返せばいいんだろう」
ブロディは渋々少年に、魔石を投げ返した。
「白けて酔いが醒めちまったぜ!」
ブロディはそう捨て台詞を吐くと荒々しくドアを押し開け出ていった。
ジャックは床に座り込んだままの少年に声を掛けた。
「大丈夫か? ケガはないか」
「……ハイ、大丈夫です……どうも、助かりました」
「見ない顔だな」
「ここ、初めてなんで……」
「ブロディに言い返すなんて、なかなか骨のある奴じゃないか」
ジャックは少年の服についた埃を払った。
「どこから来たんだ?」
「どこから?……今日、気が付いたらこの世界に居たんです。ここはどこなんですか?」
「ここは、グラスランド王国のシャーロットの街としか説明できんが……」
「……ダメだ、やっぱり全然思い出せない」
少年は頭を振った。
「どうやらお前も別世界から来た”プレイヤー”のようだな」
「……そう言われても……僕には何のことだか分からないんです」
「だろうな。”プレイヤー”は記憶を消されてここにやって来る」
「僕は、いったいどうしたらいいんですか?」
その言葉と同時に少年のお腹がグ~っと鳴った。
「フフフっ……どうやら腹が減ってるようだな。今日は飯を食って休んだほうが良い。話は明日ギルドで聞けばいい」
「……はい……そうします」
少年は、今日一日何も食べてない上に歩きづめだった。
疲れ切った様子の少年を見かねたジャックは、彼に手を差し伸べた。
少年はジャックの力強い手を掴むと立ち上がった。
「……店で好きなものを注文しな。今日は特別にツケにしといてやるが、出世払いだからな!」
ジャックはそう言うと奥の厨房へ入っていった。
「あ、ありがとうございます」
自分の名前さえ思い出せない少年は、酒場のジャックに救われた。
少年は酒場のカウンターでお腹いっぱいになるまでチキンを御馳走になり。案内された隣の宿で休むことにした。
そして翌日。
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