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自分の体を抱きしめて吐いた言葉は震えていた。
「先生、おはようございまーす」
「ああ、おはよう」
生徒たちが続続と登校する時刻。篠崎が正門に立ち、生徒へ向けて挨拶をしていく。
たまたま挨拶運動の当番になったために、この日は正門にいなければならなかったのだ。
「ああ、野崎……」
挨拶をすることもなく、その前を恭弥は自転車で通り抜ける。
一瞬ではあったが顔色が悪いのを篠崎は見逃さなかった。だが、背中にベースを背負っていたため、本人にやる気はあると思い込んだ。
きっと放課後も練習に来るだろう。そのときに謝ろう。そう決意をし、篠崎は業務に戻り、登校してくる生徒たちへ挨拶を続けた。
ぞろぞろと教室に人が増えていくと、恭弥の不安が大きくなっていく。
席に着いた恭弥の横を通り過ぎるクラスメイトは、友人の元へと向かっていく。
『お前のせい』
そう思われているのではないか。恭弥の家庭事情など知るよしもないクラスメイトがそのようなことを考えることもないのに、1人で怯え始める。
「よう、野崎」
「っ……はょ……」
体を縮こませていた恭弥へ、登校してきたばかりの鋼太郎が声をかけたら、ビクリと肩を上げた直後、小さな声を返した。
「……」
その後は互いに何も言わず。
恭弥は意味もなくバッグの中から何かを探すような素振りを見せる。
席に着いた鋼太郎は何も言わずに恭弥の様子を見ては、自らのスマートフォンで誰かとやり取りをしていた。
チャイムが鳴り、昼休みを迎えれば恭弥はすぐさま席を立った。
まだ授業後の開放感もあり、机の上を片づけたり友人たちと会話をして騒がしくなり始めた教室をすぐに出る。恭弥の後ろで授業を受けていた鋼太郎は、ほんのわずかにその横顔を見ることができた。
「本格的に、まずいよなぁ……」
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