第一章「負け犬様の仰る通り」

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第一章「負け犬様の仰る通り」

「無事に産まれましたよ。元気な男の子ですよ。」 「お母さんも大丈夫です。5年前は双子さんで大変でしたからね。」  6月5日午後1時30分  市内の産婦人科で1人の子供が産声を上げた。  どうやら、母親は初産ではなく2回目の出産であり、5年前に双子を産んでいるようだ。  病室で父親らしき男が出産直後の赤ん坊を抱き、顔を覗き込み、目を細めている。  ベットに横たわる母親が父親に声を掛ける。 「双子と違って、顔は歪んでないでしょう。」と  父親は嬉しそうに「うん、うん」と頷く。 「2人は大丈夫?」と  母親が2人の子供を心配する。 「お袋が良くしてくれるから、大丈夫だよ。」  父親は、上の2人の子の存在を忘れたように、可愛い赤ん坊を夢中にあやしている。 「貴方、名前は決めたの?」と母親が何気に聞く。 「大介にしたよ。」 「あら、普通じゃない。」 「もうね、凝った名前は付けないさ。」 「そんな事言ったら、お兄ちゃんが可哀想よ。」  昼下がりの病室から和やかな笑い声が飛び交う。  その時、産まれて間もない赤ん坊の耳元に誰かが囁く。 【ほら見ろ、俺の言う通りだ。ちゃんと一個で産まれただろう。  俺は双子の片割れで、子宮の中で相方の片割れに踏まれ続け、栄養も半分以上も奪われ、逆子で頭蓋骨がひん曲がった未熟児だったよ。  親父は俺を一目見て、嘆いたそうだ。 『可愛い』などの次元には程遠い、不細工な赤子さ。  それも長男だったから、親父はがっかりしたそうだ。  名前は坊さんみたいな大層な名前を命名されてな…  誰も読めない名前だったよ。 『大介』か!  簡単明瞭で何よりだよ。  それに末っ子だ!  可愛がってくれるぞー!  上の兄姉とは5歳も違う。  お前の両親はお前に首ったけになる。  母親の乳もお前が独り占めだ。  何はともあれ、出だしは上手く行ったな。  神もちゃんと約束を守ってくれたよ。 『前世の不幸者は、来世では幸福者となる。』  神はそう宣ったが…  いいか!  まだまだ、神を信じちゃぁ~、いけない。  これからも俺の言う通りにするんだ。  いろいろと、落とし穴があるからな。  そして、俺も見てみたいんだよ。  俺の負け犬人生が勝ち組に変わって行く瞬間、瞬間を、この目で見てみたいんだよ。】  父親に抱かれた赤ん坊は、すやすやと寝たふりをし、  負け犬の遠吠えを心に留めながら、愛くるしい寝顔を披露し続けていた。    
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