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空の部屋では、アキからRINEを受け取った空が動画のリンクをタップしていた。
元は兄との二人部屋だったが、今年から大学生となった兄は机もベッドもそのままに家を出ていた。そのため現在兄の机は毎日のように入り浸る大地が使っている。
「ぅお。だから音出す時にはなんか言えよ。おー、アキちゃんやっと歌詞できたんだな」
タブレットから顔を上げて、背後にある空のパソコンを振り返る大地。
「一週間でできれば早い方だよ」と空は静かに返した。
「お前心配してたもんなー。まあ、今朝なんてあの元気っ娘がだいぶ参ってたみたいだったし、今日連絡来なかったら絶対お前から連絡してただろうな」
「うん……。僕のせいでアキさんがまた、苦しんでるのかと思ってたから……」
「産みの苦しみってやつは、誰だって苦しいもんなんだよ。それは本人に苦しませときゃいーんだって」
「アキさんとミモザさんは本当に仲が良いね。ほほえましいなぁ」
「……どこのおじいちゃん目線だよ」
「この歌詞、このまま使いたいな。二人の想いがぎゅっと詰まってる良い詞だね」
「お、1番と2番で文字数ぴったり揃ってんじゃん、すげぇな」
「ミモザさんが揃えてくれたんだろうね」
「ミモザちゃんってさ、最近アキちゃんと一緒に登校してる子で間違いねーよな?」
「多分そうだろうね」
「やっぱ俺が思ってた方だったよ。ミモザちゃんのトイッターもやーっと二択にまで絞れたんだけどさ」
「……まだ頑張ってたのか」
「でももうこれ以上決め手がねーんだよなー。両方鍵アカウントだし、プロフも画像もアイコンも似たような感じだし……」
「僕が聞けば良くないか?」
「いや!! 俺は今夜、俺の勘に従ってフォローする!!」
「勘でフォローされる方が迷惑じゃないか」
「まあどっちも俺のアカウントフォローしてんだからさ、フォロバされて迷惑ってこともねーだろ?」
「うーん……。それは……人それぞれかも知れないけど……」
空のパソコンの画面に、新着メールを知らせるポップアップが出る。
「――……ぇ……」
メールを読んだ空が、驚きの表情を浮かべる。
「ん? どうかしたのか?」
と、後ろから覗き込んだ大地も、その文面を見て同じような顔をした。
「おいこれ、あの子らに……」
「うん、知らせとく」
答えて、空はすぐさまアキにRINEを送った。
***
「あっ、もうこんな時間。じゃあそろそろ帰るね」
「また明日坂の下でね」
立ち上がったアキのポケットでスマホが揺れる。
「あ、空さんだ」
とRINEを開いたアキが驚きの声を上げた。
「えっ。バーチャルライブ!?」
「なになに、なんのこと!?」
ミモザも慌てて画面を覗き込む。
そこにはアキとミモザにテレビの生放送で歌を歌わないかと誘うメールが転送されていた。
「すごいっ! ついにテレビ出演っっ!?」
「え、えええ……、そんな、急展開すぎるよぅ……」
「大丈夫大丈夫、私達の顔出しはないって。バーチャル歌姫扱いだから。あ、でも作曲者はスタジオでトークがあるみたいだけど、空さんはどうするのかな、顔出すのかなぁ? あはは、顔出しNGな人は被り物OKだって、面白いね」
「私達……プロでもないのに……」
「小中学生の人気音楽系にゃーちゅーばーを集める企画らしいから、他の子達もプロじゃないと思うよ」
「小学生はアカウント作れないでしょう?」
「そこはほら、親のアカウントでやってるんでしょ」
「生放送……って、テレビ局に行かなきゃよね……?」
「うん、日時はほらここに」
「お、お父さんとお母さんに何て説明したら……」
「うーん? ミモザのパパさんとママさんなら笑顔でOKしてくれそうじゃない?」
「そ、それはそうかもだけど……。言い出しづらいよぅ……」
「私が一緒に言ってあげようか?」
「う、ううう……。生放送とか……、私が無理だよぅ……」
ミモザは頭を抱えてしゃがみ込む。
「私は遠慮して、アキちゃんだけ行くのって……」
「デュエット曲なのに?」
「わ、私のパートは事前録音で……」
アキは仕方ないなという顔でミモザの隣にしゃがみ込んだ。
「さっきも言ったけど、私は、ミモザがいないとダメだからね?」
「うっ」
「だから……ミモザがどうしても嫌なら、私もやめとくよ。一緒にテレビの前から空さんを応援しよ?」
アキはどこか寂しげに、それでもミモザに笑いかける。
「…………や……やだよぅ……」
「ええっ、空さん応援拒否!?」
「そうじゃなくて、アキちゃんのやりたい事、私のせいで諦めてほしくないの……」
「ミモザ……」
「私が……っ、私がアキちゃんみたいに、強くて、笑顔でいいよって、すぐに言えるような子だったら、アキちゃんにこんな思いさせなくていいのに……」
涙声になってしまったミモザの俯いた頭をアキがそうっと撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ……。チャンスはこれだけじゃないんだし、私達が出なくても、空さんがきっと私達の曲かけてくれるよ」
「……でも……」
「じゃあ、まだ返事は保留にしとくから、もう一日、ミモザも考えてみてくれる?」
「うん……そうする……」
「でも本当に、無理しないでね? 私はミモザが元気に楽しく過ごせる毎日じゃないと嫌だからね?」
「アキちゃん……」
ミモザが涙に濡れた顔を上げる。
アキが慌てて卓上のティッシュを取って手渡した。
ミモザがそっと涙を押さえるのを見て、アキが感心する。
「ミモザはちゃんと、そうっと拭くんだね」
「?」
「いや、涙はごしごししたらお肌に悪いって、新堂さんがハンカチ貸してくれたから」
その言葉に、ミモザの顔色が変わる。
「ちょっとアキちゃん……? そのセリフは聞き捨てならないんだけど? 一体新堂さんと何があったの!? 詳しく話してもらうからね!?」
「えっ? え!? いや、待ってミモザさん!? 私もう帰らなきゃだからっ!!」
目の据わったミモザにじりじりとにじり寄られて、アキは慌てて逃げ帰った。
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