1話 秋空と坂道

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放課後、私とミモザは一緒に駅向かいのコンビニに向かった。 新作お菓子が並ぶ表側の棚に広告のグミを見つけて私とミモザは同時に手を伸ばす。 「今日は私がおごるねっ。300人達成のお祝い!」 言いながらオレンジのグミを手に取る。私はぶどう味が好きだけど、ミモザならこんな時オレンジの方を選ぶはずだから。 「ふふっ、じゃあこっちは私がおごるね。お祝いに」 私の横ではグレープのグミを手にミモザが笑っていた。 「あれ? ミモザおんなじ事考えてたの?」 「うん、今日は二袋だね」 「いいねーっ。300人のお祝いだし、豪華にやろーっ♪」 二人で別々に会計を済ませると、私は一度帰って家で着替えてからミモザの家に向かった。 インターホンを押す前に玄関のドアが開く。 どうやら、ミモザは私が来るのを今か今かと待ち構えていたみたいだ。 「アキちゃん、いらっしゃいっ」 「お邪魔しまーすっ」と私が扉を閉めれば、カチャンと鍵をかけたミモザが「上がって上がってー」とにこにこ部屋まで案内してくれる。 ミモザは一人っ子で両親は共働きだ。確か父親が消防士で母親が看護士……だっけ? 逆だったかな? とにかく忙しいお仕事らしくて、ミモザは小学生の頃から家に一人でいる事が多い子だったらしい。 私はと言えば、家には六つ年下の双子の弟と妹がいて毎日がうんざりする程騒がしい。 母親が毎日のように「もー、あんた達いい加減にしなさーいっ!!」って叫んでるけど、本当に何でそんなにくだらないことで毎日喧嘩するのかなって不思議なくらい、弟と妹の喧嘩のきっかけはいつも些細なことだった。 小学生だって高学年になれば宿題も多くなるし、周りでギャーギャードタバタワンワン泣かれては集中しようにも難しい。 そんなわけで私は自然と放課後ミモザの家に遊びに行く事が多くなり、中学生になった今ではすっかり、毎日のように通ってるんだよね。 私が勝手知ったるミモザの部屋に入った途端、スマホがポケットで揺れる。 あ、まだマナーモードにしたままだった。解除しとこう。 そんな事を思いながら画面を見れば、ダイレクトメッセージが届いたという通知だった。 「あれ、知らない人からDMが来てる。なんだろう?」 私の言葉にミモザが怯えた顔をする。 「し、知らない人から……? 読まないで削除するほうがいいんじゃない……?」 ウィルスメールとかも、と心配するミモザに私は笑って答える。 「あはは。そんなに心配しなくても大丈夫でしょー。あ。もしかしたら登録者さん300人になったのに気付いた人がいて、お祝いメッセージくれたのかも?」 私は、ミモザの「アキちゃんは……どうしてそんなにポジティブなの……?」という呟きを聞きながらそのメッセージを開いた。 『初めまして、貴女達の動画を見てメッセージさせていただきました。貴女達の声が僕の曲のイメージにピッタリなので、もし迷惑でなければ僕の曲を歌ってもらえませんか?』 「だって。曲のリンクがあるよ、聞いてみよーっ」 「ええっ、急にそんなの……怪しくない……?」 見る限り、リンク先は私達のいつも投稿している動画投稿サイト『にゃーちゅーぶ』のURLだ。 「リンク先にゃーちゅーぶみたいだし、大丈夫だよ」 「本当ににゃーちゅーぶ……? よく似てる綴りの別サイトだったりしない?」 心配するミモザと一緒に綴りを一つずつ確認してから、リンクをタップする。 映像は入ってないのか真っ黒な画面に、一つ二つと零れ始めるピアノの音。グランドピアノかな、深くて奥行きのある音だ。 そこに少しずつ楽器が重なって、ピアノの旋律がメロディーを奏で始める。 どこまでも透き通る秋空のような音楽。まるで今朝見上げた空みたいだ。 音の一つ一つがとても美しくて、朝日に輝く朝露のように煌めいて聞こえる。 なんだかこの曲を作った人が大切に集めたとっておきの宝箱を、そうっと覗かせてもらっているみたいな、そんな気持ちになってくる。 「……綺麗だね」 ミモザの静かな声に、目を開く。私はいつの間に目を閉じていたんだろう。 ミモザがうっとりと目を細めているのを見て、私も「うん、すごく綺麗……」と静かに呟き返した。 見れば、動画にはテロップが入ってる。 あ。そっか。これが歌詞……私達に歌ってほしい言葉……。 曲が終わった途端、私は『もう一度見る』のボタンを押した。 「もう一回見ていい?」 「うんうんっ」 ミモザもコクコク頷いて、今度は二人でじっくり歌詞を読む。 歌詞は、辛いこととかどうにもならないこととか、そういう思いに苦しむ人々に心を寄せながらも、きっと未来にはいい事があるよと優しく励ましてくれるような内容だった。 「ほわぁ……、優しい……」 二度目の鑑賞が終わって感想と共に息を吐く。 ミモザが隣で「私……この人が伝えたい事、わかる様な気がする……」と呟いた。 「とっても素敵な曲だったね」 「うん……」 まだ音楽が胸の中で響いて、夢の中にいるみたいな気分だ。 私と同じようにぼんやりしていたミモザが、ハッとした表情で私を見る。 「ま、待って、アキちゃんっ、……こ、この曲を……、この人、私達に歌ってほしいって言ってる……の……?」 ミモザの指が小さく震えながら画面を指差す。 ミモザが指していたのは、サンプル曲が投稿されていたチャンネルの登録者数だった。
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