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5話 放送室と部長
翌朝、アキが坂の下にたどり着くとミモザが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「ちょっとアキちゃんっっ! 大地さん男の人だったよぅぅぅぅ!?」
「え、あれ? 言ってなかったっけ……??」
「知ってたんなら教えてよぅぅぅ」
ミモザの勢いに、アキは両手で小さく壁を作りつつ後ろに下がる。
「ごめんごめん。えっと……どうだった? 和解できた?」
「別に喧嘩してたわけじゃないよぅ」
「あはは、確かに」
「大地さん、とっっっっても話しやすかった。少女漫画の話でものすごく盛り上がっちゃったっ」
「へぇ」
「私の好きな作品全部知ってて! しかも好きなキャラがほぼ一緒で!! 解釈は私と違ってるとこもあるんだけど、それが逆になるほどなぁって納得できるのっ!! 本当にすごいのっっ!!」
アキは心底ホッとする。空さんに知らせた方がいいだろうか。
いや、空さんには大地さんが話しているだろうか。
ミモザはまだずっと、大地さんとした話を続けている。
こんなにテンションが上がってるミモザの姿も珍しいなと思ってから、前回こんな姿を見たのも同じく大地さんの話だったかと思う。
アキ自身も漫画は読むが、ギャグやバトルの詰まった少年漫画の方が好みで、ミモザはきっと長い間少女漫画トークができる友達が欲しかったんだろうな。と思う。
何せミモザはもう何年も大地さんの絵と、話す言葉を追いかけていたわけだから。
気は合って当然なんだろう。
「よかったね」
一息話し終えたミモザに声をかければ「うんっ」と晴れやかな笑顔が返ってきた。
私以外の気の合う友達か。と思えば、なんだか少しだけ寂しい気持ちもあるけれど、ミモザのこんな良い顔を見られて本当に良かった。
こんなに嬉しそうな顔は、あの動画に絵がついたものを見た時以来だなぁと思ってから、あの笑顔も結局は大地さんが引き出した笑顔だったんだと気付くと、またほんの少しだけ胸がスースーする。
「……なんかちょっとだけ、寂しいかも」
思ったままを口にすれば、ミモザがニンマリ笑った。
「やだもぅ、アキちゃんったらそんな顔しないでよぅ。私の一番大事な友達はアキちゃんだからね?」
ミモザがアキの腕に腕を絡める。
「べっ、別に、ヤキモチとかじゃないよっ」
「そぅかなー?」
「あっ、それよりミモザ、空さんが曲の雰囲気選んでほしいって」
アキは昨夜の空からのRINEの内容を説明する。
RINEには三曲、それぞれ別の楽器とテンポで作られたサンプル用の短い音楽が添えてあった。
「お昼に屋上で聞こ?」
アキに言われてミモザが一瞬悩む。
屋上には食堂ほど人がいないだろう。
けれど、あの騒がしい食堂では音楽はよく聞こえないだろうし。
家に帰ってからにしようと答える方が良いかも知れない……。
「ああー……会長は今日もイケボだねー……。ねっミモザっ!」
アキはもう会長の声を耳にしたのか、まだ坂の中ほどで正門を見上げた。
「同意を求められても、まだ私には聞こえないよぅ」
ミモザの耳には低めの会長の声より、女子生徒や男子にしては高めの新堂書記の声の方がまだ先に聞こえてくる。
新堂の場合はおそらく地声が高いわけではなく、作った声なんだろうな。とミモザは思う。
明るく軽やかな声で、彼はわざと話しかけやすい雰囲気を作っているような気がする。
でもそれは一体、何のために……?
前の生徒が入ってしまうと、生徒会役員達の目がこちらに向く。
ミモザは今まで、気まずくならないよう、目は合わせず互いに制服の襟元あたりを見てやり過ごしていたのに。
こちらを見た新堂書記と今朝もしっかり目が合ってしまって、ミモザは内心うろたえた。
「おっはよーございまーすっ!!」
元気に挨拶したアキに、声が重なる。
「「おはようございます」」「おはよー、明希ちゃん」
あ、今日も新堂さんはアキちゃんを名前で呼ぶんだ……。
そう思った途端、すぐ側で「明石さんもおはよう」と言われた。
「……っ!?」
慌てて顔を上げれば、またしっかり目が合ってしまう。
「わた……私の、名前……っ!?」
「うん、明石愛花ちゃんだよな?」
「は、はい……」
「可愛い名前だよな」
「へ? えっ!?」
「こら新堂、一年生を困らせるな」
会長さんに突っ込まれて、新堂さんが拝むようなポーズで反省を示す。
「あ、困らせちゃったか……。えーっと……ごめんな」
門には次の生徒がやってきて、役員の人達がそちらを向く。
「愛花?」
少し先をゆくアキに呼ばれて、ミモザは逃げるように門を去った。
謝られてしまった。
謝られるようなことを、されたわけではなかったのに。
新堂さんは、丁寧に整えられた弓形の眉を申し訳なさそうに歪めて、私に頭を下げていた。
彼は、明希ちゃんの友達である私へ友好を示してくれたただけだったのに。
昨夜の大地さんとの会話が思い出される。
大地さんも、最初はとにかく謝っていて、私に心からの謝罪を訴えていた。
大地さんが悪かったわけではなかったのに。
ただ私と仲良くなりたいと思ってくれただけだったのに。
……あの部長さんはどうだったんだろうか。
私達は、話を聞きもしないで逃げてしまった。
もしアキちゃんの言うように、本当にファンとして、声をかけてきてくれたのだとしたら……。
それは相手を傷付ける行為だったんじゃないだろうか。
……あまりそうは考えられないけど。
「愛花、大丈夫? ……新堂さん怖かった? 私、もう愛花に声かけないでって言っとこうか?」
心配そうに覗き込むアキの言葉に、ミモザは慌てて首をふる。
「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
「んー、それならいいんだけど、本当に嫌だったら遠慮なく言ってね?」
「……アキちゃん」
「ん?」
「私……、人の好意を素直に受け取れる人になりたいな……」
私の言葉にアキちゃんは大きな瞳さらに大きく見開いて、それからにっこり笑った。
「愛花ならできるよ」
人の冷たい視線はまだまだ怖い。
それでも、せめて、温かく見つめてくれる人の視線からは、逃げずにいられるようになりたい……。
ミモザはそう強く願った。
***
昼休みの放送が終わる頃、アキとミモザは片耳にイヤホンを一つずつ分け合って、屋上でスマホを覗き込んでいた。お弁当はすでに食べ終えて包んである。
ミモザの手には歌詞の書かれた紙があった。
「うーん……、いいよねぇ……。私はこれも好きだなぁ」
うっとりしたアキの声にミモザが苦笑する。
「やだもぅ、アキちゃんは結局全部好きなんでしょぅ? これじゃ選べないじゃない」
「もう一回、三曲とも聞いてみよっか」
「ちょっと時間が足りな……あっ」
鋭い風に、ミモザの手から紙が離れる。
屋上を転がるように舞う紙は、一人の男子生徒の足に巻き付くようにして止まる。
男子生徒は、風に飛ばされた白い紙をおもむろに拾い上げるとシルバーフレームの眼鏡を指先で押し上げた。
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