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「麗音さん、言うこと聞かないと秘密をバラすぞーとか一度も言ってないよ?」
アキにけろりと言われて、そうだろうかとミモザが今までの会話を思い返す。
「我にそんなつもりはない。が、誤解させたならば謝罪する。すまなかった」
真摯に頭を下げられて、ミモザの胸が痛む。
「これも返却しよう。強引な手段を取った事、重ねて謝罪する」
アキが麗音から歌詞の紙を受け取る。
アキはミモザを肩越しに振り返ると小声で話した。
「多分だけど、屋上から場所を変えたのは、私達が身バレしないように気を遣ってくれたんだと思うよ。それに私達麗音さんから逃げ回ってたでしょ? こうでもしないと話ができなかったんじゃないかなぁ?」
その向こうで麗音がしかめ面のまま申し訳なさそうに目を伏せて頷いた。
「えええっ!? わ、わかりにくいよぅぅ……」
ミモザが頭を抱える。
ミモザは、またも同じ失敗を繰り返す自分が嫌になる。
アキはそんなミモザの肩をポンと叩いた。
温かい手のひらから、アキのミモザを支えたい気持ちが伝わる。
「麗音さん、私、麗音さんの音楽を聞いてみたいですっ」
アキにそう言われた麗音は一瞬驚いた顔をして、それからずっと顰めていた眉を少しだけ緩めて頷いた。
「うむ」
麗音が手慣れた仕草で音源を繋いでミキサーを操作する。
放送室に溢れ出す音の洪水に、アキとミモザは圧倒された。
ジリジリと底から迫り上がってくる音に、バラバラと降り注ぐ音。
ほんの少しずつズレてゆくタイミングが、またピッタリ揃った瞬間、全ての音がひとつになった。
見上げきれないほどの音の波。壁のようなそれが真上から降ってくる。
圧倒的な重みを持って、頭から音の波に食われる。
背筋が震えて息を吸うこともできない。
そんな感覚に、二人は飲み込まれた。
「……っ、すご……い……」
アキの言葉に、ようやくミモザも我に返る。
「うん……。私、息するの、忘れちゃってた……」
「こんな音楽、私聞いたことないよ……。音がいっぱいいっぱい重なって……」
「そうだね、和音が多いのかな。重い音……。低くて、濁って、ちょっと怖い……」
「あ、歌入ってるね。でも言葉じゃないんだ?」
「合成音声のスキャットがコーラスになって……声も沢山重なってくる……」
「ぅぅー、ゾクゾクする感じ、すっごい……。鳥肌立ちそう」
「うん、中学生が作ったとは思えないくらい、なんかこう、色気があるよね……」
「ね、ミモザ。私達の声って……この曲に合うと思う?」
「うーん……、あんまり……」
「やっぱり? 私も……」
麗音はそんな二人の会話を複雑そうな顔で聞いている。
ミモザはそんな麗音の表情をチラとうかがった。やはり彼もそれには気付いていたのだろう。
「こう、私達よりもっと低い声で、色気があって……」
終わり始めた曲を噛み締めながら、アキはこの音楽に合う声を想像する。
「うんうん、聞くだけでぞくぞくしちゃうような、大人の声が似合いそうよね」
ミモザもそれに同意する。
「あ、分かった! この曲に合いそうな声の人!!」
ハッとした表情で、ぽんと両手を叩くアキ。
アキのキラキラした瞳を見て、ミモザもピンときた。
突如、部屋の扉をドンドンと叩かれる。
「放送部さんいらっしゃいますか?」
被せるように問いかける声は、低く痺れるようなイケボだった。
「「この声っ!」」
アキとミモザが声を揃える。
「麗音さんっ、この声、麗音さんの音楽にぴったりじゃないですか!?」
アキが興奮気味に訴えれば、麗音も顰めた眉で頷く。
「確かに、似合いだが……。何故彼は此処へ?」
ミモザはハッとする。
ここへ麗音の予定外の訪問者が来るとすれば、それは空しかいない。
もしものために、アキから空へRINEを送ってもらっていた。
『放送部長さんに呼び出されたので、放課後放送室に行くことになりました』と。
それと同時にもうひとつミモザには気になることがあった。
あの日の朝、アキが空へのRINEを送った直後に会長のスマホが鳴った事だ。
偶然にしてはあまりに良いタイミングだったと思っていたが、もしかして……、会長さんが、空さんだった……?
「麗音さん、生徒会長にお願いしてみましょうよっ」
「いやしかし、急にかような提案を……」
「私この曲好きですよっ。ここに会長の声が入ったら、きっとこの曲もっと素敵になりますよっ!」
アキは興奮気味にぐいぐいと麗音に詰め寄る。
麗音はアキが一歩近づく毎に、一歩後退っていた。
「……どなたか、いらっしゃいますよね?」
扉の向こうからは、いつもよりさらに低くドスの利いた声がする。
「と、とりあえず扉を開けよう? ね?」
ミモザは気まずい気分で、自分の責任を取るべく扉に向かった。
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