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通知が来ていたのは気付いていた。なのに見ていなかった。
僕がもっと早く確認していたら……。
生徒会長の池川陸空は、自身の不手際を呪いながら廊下を駆け抜ける。
彼女はどんな思いでいるだろう。今頃、どんな目に遭って……。
たどり着いた放送室には、鍵がかけられていた。
声をかけても開けられる気配はない。
陸空は扉に耳を当てる。
ミキサー室側の、この扉は防音ではない。
会話の内容は分からなくても、彼女の声が聞こえる事だけはハッキリわかった。
「アキさんが、ここにいるのに……」
隠しようのない焦りを浮かべて陸空は両腕を振り上げる。そこへ新堂が駆け込んだ。
「わーっ! バカやめろ! 本番前に怪我したらどうすんだよっ!!」
陸空は声の方を振り返り、苦しげな表情で振り上げた腕をじわりと下ろす。
「俺職員室からスペアキーもらって来っから、それまで絶対無茶すんなよっ!?」
くるりと踵を返した新堂の後ろで、カチャッと鍵の開く音がして、扉は開かれた。
開けたのはミモザだった。
「明石さん、暁さん……」
陸空は扉の向こうに二人の姿を確認して、ホッと息をつく。
その様子に、やはり空は会長だったのだとミモザは確信する。
「……二人は放送部ではなかったよね? どうしてここに……?」
状況判断をしようとする陸空。
ミモザは、彼の落ち着いた態度に胸を撫で下ろす。
自分が余計なメッセージを送らせてしまったせいで、揉め事にでもなったらどうしようかと思っていたが、それは取り越し苦労だったようだ。
安心のあまり、じわりと涙が滲む。
ここまでずっと気を張っていた、その糸が切れてしまったのかも知れない。
ヒョイと会長の後ろから顔を覗かせたのは書記の新堂だった。
新堂はミモザを見て、明らかに顔色を変えた。
遅れて部屋の中を覗いた新堂は、そのまま真っ直ぐ室内に飛び込み麗音を殴り飛ばした。
吹き飛んだ麗音が、ガシャンと派手な音を立てて窓際の椅子に叩きつけられる。
甲高いミモザの悲鳴と、アキの驚きの声。
「新堂っ!?」
陸空が慌てて二人の間に割って入る。
「何やってるんだお前……っ、利き腕で……っ」
言われて、考えてもいなかったというような顔で新堂が自分の拳を見る。
「……あ、ほんとだ。血が滲んでら。……俺、人殴ったの初めてだわ」
新堂の正気を確認した陸空が、素早く麗音に視線を移す。
「鈴木くん、怪我は……」
振り返った先では、アキが麗音の頭を膝に抱え上げていた。
「麗音さん、大丈夫ですか!?」
ミモザも落ちた麗音の眼鏡を拾って駆け寄り、怪我の程度を見ている。
「酷い……こんな……」
殴られた麗音の頬は痛々しく、既に色が変わり始めていた。
「ぅ……。た、多少……頭が揺れているが、まあ、大丈夫だ……」
その言葉にミモザがハッとする。幼い頃から転んで頭を打つ度両親に教えられた、転倒時、頭部損傷時の手順が鮮明に蘇る。
「部長さん、まだ起き上がらないでください。脳震盪の可能性がありますから、そのままの姿勢で。アキちゃん、部長さんの頭はその高さで上げたまま揺らさないでキープね」
「うんっ」
「私、保健室で氷もらってくる。意識がなくなったり、呼吸や心音がおかしくなったら先生を呼んでAEDを持ってきてね」
的確に指示されて、陸空とアキが頷く。
「AEDって、ハートマークのやつだよね」
アキの問いには陸空が答えた。
「うん、自動体外式除細動器の事だね。ここからだと職員室に置いてあるのが一番近いよ」
「……何だよこの空気。……俺は……また一人で勘違いして、先走って、迷惑かけただけだってのかよ……。……くそっ」
新堂が愕然と呟いた言葉は、どうしようもなくミモザの胸にも刺さった。
私もそうだと思う気持ちはあれど、話も聞かずにいきなり人を殴るなんて許されることじゃない。
こんなことをする人だったなんて。
今までずっと軽薄な人だと思っていたけれど、ようやく見る目が変わってきたところだったのに。
なんだか勝手に裏切られたような気持ちになって、ミモザは立ち尽くしたままの新堂を見ないように大きく避けて部屋を出た。
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